辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第31回「仁義なき夫婦舌戦」
な強者同士で結婚したら、
日常会話がおかしなことに。
2023年9月×日
子どもたちは気づけば3歳半と1歳半を過ぎている。この時期の親の重要タスクとして、予防接種がある。十数種類はあるワクチン、どれをいつ受けさせるか。いざ小児科に行く日、いかにして子どもの機嫌を取るか。
先日は娘と息子が同日に予防接種を受ける機会があったため、とにかく2人を朝から甘やかし続けた。近所の商業施設に入っている屋内型テーマパークに連れていき、お昼はフードコートでご飯もジュースも大盤振る舞いし、テーマパークのチケットのおまけで手に入れたUFOキャッチャー無料券で見事おもちゃを取ってあげ(子どもたちの期待の視線が突き刺さる状況の中、ママはプレッシャーに打ち勝った)──そして小児科へ。意気揚々と注射を受ける娘と、痛くて泣いてしまった息子。2人を褒めながら帰宅し、「今日はいっぱい遊んで楽しかったね」と話しかけると、娘が満面の笑みを浮かべて言い放った。「びょういんでちくちく、たのしかったー!」と。
いや、なんでだよ。
強がっているとかではなく、娘は病院に行って注射(ちくちく)してもらうのが本当に好きなようで、後日追加のワクチン接種をしたときも、喜んでお医者さんに腕を差し出していた。なぜだ。あまり風邪をひかない体質で、普段は小児科とほとんど縁がないからか。あの日、大奮発して子どもたちの機嫌を取ったのはいったい何だったんだ。子どもは注射を怖がるもの、という固定観念に支配されていた親が、無様に敗北を喫した出来事であった。
そんな娘の七夕の願い事は、「速い車に乗れますように」である。幼稚園のクラスだよりに書いてあったのだけれど、車のおもちゃに興味の欠片も見せない娘が、なぜこの願い事に行きついたかは謎だ。「ドクターイエローに乗れますように」「はやぶさに乗れますように」「かがやきに乗れますように」と願った男の子たちがいたようだから、実に日本人らしく周りに流されたのかもしれない。しかし我が娘は、車や電車についている固有名詞を一つも知らなかったとみえる。うちに乗り物図鑑がないせいだ。つまりは親の怠慢のせい──Q.E.D.(証明完了)。
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『サクラサク、サクラチル』。