週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.177 くまざわ書店営業推進部 飯田正人さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 くまざわ書店営業推進部 飯田正人さん

『箱庭クロニクル』書影

『箱庭クロニクル』
坂崎かおる
講談社

 きょうは最近読んだ素敵な本を紹介します。坂崎かおる『箱庭クロニクル』という小説です。坂崎かおるさん!聞いたことがある!という方も多いでしょう。夏には「海岸通り」で第171回芥川賞候補、先日贈呈式のあった第77回日本推理作家協会賞短編部門を「ベルを鳴らして」で受賞(ちなみに長編および連作短編集部門は以前このコーナーで飯田が紹介した青崎有吾『地雷グリコ』でした。わたしの目に狂いなし!)と話題が続いている作家です。本書は「ベルを鳴らして」を含む6つのお話を収録する短編集です。

 この本の素敵さをなんと表現したらよいか、帯にコメントを寄せているみなさんも一言でわかりやすくまとめることはむつかしかった様子(ぜひ帯をごらんください。)。つまり、その一言で括れなさこそが本作の魅力なのです。

 どのような読み味かというところをわたしなりに書きますと、うーん、わたしはこういうときはマジカルでストレンジな感じ!といってごまかしちゃうんですが(ごまかしなのかよ)、書評家のあわいゆきさんも坂崎かおるさんを「魔術師」と評していたので(「小説現代」2024年12月号)、よかった、きっとこれで合っている。

  

 気に入った作品について紹介します。

 「名前をつけてやる」は、会社でネパールから輸入して販売するおもちゃの名前をつける仕事をおしつけられるお話で、語り手である「朝世」は、寡黙な新人の「すみれ」と組まされたことをはじめは不満に思うのですが、すみれがクイズ女王であるという意外な一面が見えてくるにつれてふたりの関係が変わってきます。この作品は坂崎さんも軽やかに書くことを意識されたそうで、はじめに読むならこの作品が読みやすく面白いと思います。ちょいちょい笑えます。

「あしながおばさん」ではカツ料理屋さんのポイントカードの廃止を憂う「馬野さん」とそこで働く大学生アルバイト「れいな」のお話。紙のポイントカード&娘ほど歳の離れた女性に執着するちょっと迷惑なお客さん?とも見えるのですが、馬野さんは娘を亡くしていることが明かされ、れいなも普通でないところがあるとわかり物語が動きます。

 モチーフはさまざまにあるのですが、お気づきになったでしょうか、女性ふたりの関係性が物語の中心に置かれている作品が多いのは本書のひとつの特徴です。

 どなたに似ている雰囲気かとあえていうならば、津村記久子さんとか松田青子さんの作品でしょうか。ユーモラスでありつつも、ある種の諦めとか割り切りとか、ある種の「まじでここは譲れねえんだ」という一線を守るための矜持とか、親しい人にも打ち明けづらい心の震えとか(その親しい人が原因であるからなんですけどね)、があるように思います。そのふたりよりも喪失感とか、なにか本人としては日常として受け入れようとしてるんだけど、まわりから見たら「え、それおかしくない?」っていうわだかまりがある感じかな。すいません、余計になんのこっちゃ?と思われるでしょうか。

 昨今「タイパ」重視、みたいな風潮があるらしいのですが、ある小説を読んだあとにはもう読む前の自分には戻れず、永久的にその影響を受けますから「タイパ」でいったらとても良いと思うんですよね。読んでる間も楽しいし。あと本を読む友だちとおしゃべりするのも楽しいし、小説って本当にいいものですよね。

 と、どうして急にがらにもないことを言い出しているかというとわたしは今回でこのコーナーを卒業するからです(えーっ!)。このような本の紹介の連載ははじめてで、毎回非常に勉強になりました。これまで読んでくだすったみなさん、ありがとうございます、またお会いしましょう!

  

 という原稿を送信して、もう担当のかたに原稿を褒められることもないのだなあ、と感慨にふけっていたところ、飯田さん、まだもう1回ありますよ!と返信いただきました(ズコー!)。

 あと1回どうぞお付き合いください。

  

あわせて読みたい本

嘘つき姫

『嘘つき姫』
坂崎かおる
河出書房新社

 こちらが最初の作品集で、わたしが1番好きなのはひとつめの「ニューヨークの魔女」で、ニューヨークで見つかった本物の魔女を使って電気椅子のショーをするお話。回を重ねるごとに魔女にはある変化が、という20ページに満たない短編ですが恐ろしく胸に残ります。ほか、「リトル・アーカイブス」「私のつまと、私のはは」「リモート」などSF的な装置が出てくる作品が多いかな。

 

おすすめの小学館文庫

『書くことについて』書影

『書くことについて』
スティーヴン・キング
小学館文庫

 『刑務所のリタ・ヘイワース』の映画版でお馴染みの(いじわるな言い方!)スティーブン・キングさんが、そういや書くことについてあまり聞かれないけど、書いてみたいや!ってつづった本。前半に履歴書、中ほどから創作論という構成で、サービス精神満点の文章が楽しいです。以前は創作論って自分は書かないしなあ、と思って敬遠していたんですが、書いてる気持ちがわかるとよりよく読めるようになると最近思います。でも目次はついていてほしかった!

飯田正人(いいだ・まさと)
書店バイヤーをしています。趣味は映画(年間100本映画館で観ます)。最近嬉しかったことは指導担当のお店が褒められていることと、自宅の台所の下にもうひとつ収納があると気づいたこと。


第2回「GOAT × monogatary.com 文学賞」開催決定! 第1回に続き選考委員長に加藤シゲアキ氏を迎え、2025年1月20日より作品を募集します。
採れたて本!【歴史・時代小説#25】