ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第104回

ハクマン第104回
成功者ほど
「同じことを続ける力」が
強いといえる。

だが、フレディがその後も平坦な日々を続け、現在も「今日も朝からレコーディングだ畜生め」と Twitter につぶやいているかというと、そんなこともなく波乱万丈と言って良いことが色々と起こっている。

このようにフリーランスの「代わり映えのない日々」は寿命が短い傾向がある
いつ仕事がなくなって原稿の催促の代わりに、違う催促の電話がかかってくる日々になるかわからないからだ。
それも一社からではなく、大手から聞いたことのない会社まで、瞬時に売れっ子の大忙しになってしまうことも珍しくない。

よって私が毎回「書くことがない」と言っているのは、今ある連載を続けるだけの日々が続いている、ということであり、ある意味ありがたいこととも言える。

また漫画家の「平坦な日々」というのは「過ぎるのが早く感じる」というメリットがある。
普通退屈な仕事をしていると「早く定時になってくれ」と願うものであり、願うほど時間が経たないものである。
逆に漫画家はやっていることはルーティーンなはずなのに常に「締め切りよ来ないでくれ」と願っているため、いつも締め切りが秒でやってくるように感じるのだ。

つまり仕事自体は退屈なはずなのに、常に追い詰められているという「スリル」まで得ることができるのだ。

また、人生100年時代と言われる昨今だが、正直「長すぎる」と感じている人も多いだろう。
しかし漫画家は締め切りが毎回秒でくる感覚を覚えているため、月刊作家であれば1年が12秒ぐらいに感じられるのである。
私も20代半ばでデビューしてから体感にして3分足らずで40歳になったため、100年と言われてもそんなに長く感じずに済んでいるし、むしろ「この調子だとすぐ死ぬ」という危惧を感じている。

このように、平坦なのに絶壁を登ったかのような消耗を感じられるのは漫画家ぐらいのものである。
一度しかない人生、感じられる理不尽は全部感じたい、という人も多いだろうが、それをするには人生はあまりにも短い。

ぜひ漫画家などのフリーランスになり、効率よく惰性と焦燥を味わってほしい。

(つづく)
次回更新予定日 2023-04-10

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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