ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第129回
浅田次郎先生にも
「書くことがない」
という現象が起こるらしい。
個人的には「Xのおすすめ欄」の対義語が「JALの機内誌」だと思っている。
私には全く関係がないハイクラス向け情報誌なのだが、海外セレブより、卑小な島国のインフルエンサーの動向の方が許せないように、あまりにも遠いものには腹も立たないので心穏やかに読めるのだ。
つまり、立場的には完全な海外セレブなのに、X民如きにここまで同目線で文句を言われているイーロン・マスクはすごいということである。
その中で特に楽しみにしているのが、浅田次郎先生のエッセイなのだ。
浅田先生のエッセイを読むと、面白い出来事を書こうとしていることすらまだ青いように思えて来る。
私が見た限りでは「浅田爆発爆笑の巻」みたいな回はなく、日々の小さな気づきに対して、淡々と語られており、一切笑いを取ろうとしていないように見えるのが、面白いのである。
小説の傍ら、このような上善水の如しなエッセイを書き続ける方が逆に困難な気がするのだが、やはり浅田先生とて、凡俗の徒と同じく「書くことがない」という現象が起こるそうだ。
そんな時、先生は「寝る」らしい。
まさか先生も炎尾燃メソッドの後継者とは思わなかった、ピンチの時ほどあえて寝るべきという説の信憑性が増して何よりだ。
しかし先生があえて寝るのは体力の回復や気持ちのリフレッシュ、まして現実逃避のためではなく「夢を見るため」なのだという。
以後、先生が見た「ドアを開けると全裸のブリトニー・スピアーズが待機しており、後ろから『ちょっと待った!』と全裸のビヨンセが入って来た」という夢の話が延々つづられていた。
などということはなく、先生の「寝ると百発百中夢を見る体質」について語られていた。
寝ると確実に夢を見るので、ネタがない時は寝て、夢をネタにしてしまえば良いので楽、ということらしい。
世界一つまらない話題として名高い「夢」を元に面白い小説やエッセイを書く方が、無から生み出すより難しい気がしなくもないが、実際読者には面白い話として届いているので問題はないのだろう。
しかし、先生は昨夜見た夢を、朝妻にそのまま話すのが日課になっているそうだ。
つまり、未加工状態の産地直送つまらない話を新鮮なまま毎朝妻にお届けしているということであり、妻は完全にうんざりしているそうだ。