ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第91回

ハクマン第91回
発達障害の診断を受けて
特に諦めたものがある。
それが「電話」だ。

生まれつきの特性上できないことに挑み続けても、少なくともそれが得意になることはなく、上手くできない自分にまた失望するだけだ。
できないことはできないとスッパリ諦め、そんな自分を認めるためにも発達障害の診断を受けることは有用である。

私の場合、診断前からすでに諦めてないものを探す方が困難な状態であったが、診断後特に諦めたものがある。

それが「電話」だ。

発達障害と一言で言っても、そのタイプは様々だ。

落ち着きがなく、ヒラリヒラリと舞い遊ぶアゲハ蝶を追いかけて行ったはずなのに何故かカナブンを持って帰ってくる多動タイプもいれば、一見大人しいが脳内は常に花びら大回転しており、自分が被告の家族裁判中にヘルシェイク矢野のことを考えている不注意タイプなど、特性は人それぞれだ。

発達障害は苦手なことはとことん苦手だが、得意なことに関してはズバ抜けた才能を発揮すると言われることもある。
つまり、作るものは素晴らしいが人間的には一生関わりたくない天才アーティスト気質というわけだが、そういうタイプは一握りである。
実際は私のように苦手なことが地獄のようにできないため、普通にできてないことが得意に見える、というトリックアートみたいな構造の場合も多いのだ。

よって「発達障害は天才型」という情報の流布は一時期の「最近のオタク女はみんな可愛い」と同じぐらい困る。
「○○な奴はみんな××」というクソでか主語構文は「生きてる奴は死んでない」ぐらい壮大な括りでない限りは鵜呑みしてはいけないのだ。

つまり中年に調子が悪い日とすごく調子が悪い日しかないように、私にも苦手なこととすごく苦手なことしかないのだが、その中でも特に「耳から情報を取得するのが苦手」という診断が出ている。

思えば会社員時代も電話が非常に苦手であった。
まず相手の言葉が聞き取りづらいし、聞けても意味が理解できず、焦りから余計聞き取れなくなり、最終的に何もわかってないのに「はいわかりました」と言って切ろうとするのである。
こちらは早く切りたいので「はいわかりました」だけは江戸っ子のように威勢がよく、相手も「さてはこいつ完全に理解したな」と錯覚してしまうのである。
相手の言ったことをそのままメモればいいと思うかもしれないが、そのメモが解読不能なところまでがワンセットである。

独り言という競技をダブルスや団体戦でやっているだけの、どうでも良い雑談ならまだ耳だけでもできるのだが、話し合いなどの高度なコミュニケーションは無理である。
まず相手の言うことを理解するのに時間がかかるため無言時間が長くなり、相手に「こいつ突然寝オチしやがった」と思われてしまうのだ。
そして無言に耐えかねて、全然よくないのに「それでいいです」と言う江戸っ子ENDに突入してしまうのである。

つまり、私にとって電話での話し合いは話し合いにならず、診断によりそれに明確な理由があるとわかったので、電話での仕事のやりとりはやめることにした。

やめることにした、と言っても担当各位に理由を説明し、御用の際は文字ベースでお願いしますと断った訳ではない。

ただ、担当からの電話に出るのをやめただけである。
むしろこっちが電話に出るから、向こうもかけてくるのだ。
相手も私が「電話という文明を持たない種族」と理解すればかけてこないのである。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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