ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第91回

ハクマン第91回
発達障害の診断を受けて
特に諦めたものがある。
それが「電話」だ。

それでも私がそういう部族だと知らない新しい担当が「一度電話でご挨拶させてください」と言ってくることもあるが「いやいいです」と断るし、異動する時「最後に電話でご挨拶させてください」と言ってきても「ところで電話とは甘いの辛いの?」と言って断っている。

その結果、最初から最後まで、姿も声も聞いたことがない、非実在担当が増えてきたのだが、それで漫画の仕事が滞ったことは特にないのである。

しかし、仕事に支障がなくても、これが通る現場というのはそんなにないと思う。
社内で「口頭でのやりとりは苦手なので向かいに座っていてもメールで指示してください」と言ったらただの非常識と思われてしまうだろう。

だが漫画業の場合、少なくとも私は電話に出ないというストロングスタイルを「非常識だ」と怒られたことはなく、返事と原稿さえ送ってくれればツールはなんでも良いという対応である。

そういう意味では、作家業というのは、一般的な会社では社会性がないと言われる人間にも寛容な職種と言える。
もしくは、もっと強キャラがゴロゴロいるので私程度の社会不適合が目立たない、木を隠してくれる森業界ということだ。

実際上には上がおり、口頭で打ち合わせをしないのはもちろん、作家はネームをファックスで送り、編集はそれに○か×かのみをつけて返送するスタイルでやっていた連載もあるそうだ。
もはや言語すら用いず記号のみ、というアップル社製品みたいなコミュニケーションである。

だがその作品はそのやり方で人気長寿連載なのだ。

このように、やり方とは「本人にあったやり方」をさせるのが一番であり、苦手なやり方を無理にやらせても能力を発揮できないばかりか、周囲にも迷惑をかける。

会社の指示を全く理解してくれない新人も「向かいにいてもやりとりはTwitter」というやり方に変えれば意外とできるようになったりするものだ。

ハクマン第91回

(つづく)
次回更新予定日 2022-9-25

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『私たちは25歳で死んでしまう』砂川雨路
ゲスト/永井玲衣さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第16回