【村上春樹etc】もしもあの大作家が「お祈りメール」を書いたら

 

長くて難解! 蓮實はすみ重彦スタイルのお祈りメール

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『伯爵夫人』で第29回三島由紀夫賞を受賞した蓮實重彦氏。受賞会見での「はた迷惑」発言でも話題になりましたが、その主戦場は『表層批評宣言』を始めとする表象文化論です。その批評文を特徴付けているのはなんといっても、句点(。)にたどり着く前に、いくつもいくつも読点(、)を打つ、そのワンセンテンスの長さ。その迷宮のように入り組んだ難渋極まる文体は、オンリーワンの文章作法として未だに他の追随を許しません。

不採用通知のテンプレ表現を嫌うなら、誰にも真似できないスタイルを身につければいいということ。就活生の元に、下記のようなお祈りメールが届いたとしたら、「こんなハイカルチャーな(=ややこしい?)企業に自分は似つかわしくない」と、素直に了解してくれるかもしれません。

 

▼そんな蓮實重彦の文体模写で書かれたお祈りメールがこちら。

「お祈りメール」という慣習が秘密裡に承認している、企業の宗教的・祭礼的側面とはなんであるかという問いは、まさしく企業の存続形態が、自然祭祠共同体のそれにしばしば近接するという、極めてイロジカルな事実の諸相をわれわれの眼前に開示する。祭祠共同体が、集団的慰霊行為というすぐれて非経済的な儀礼を以てして自らの存続に対するエクスキューズを見出しているように、企業による祈願の身振りもまた、いわば資本の充塡と蕩尽とのたゆまぬ振り子運動としてある企業の経済原理の、儀礼的サイクルの一断面を映し出しているのであって、「お祈りメール」の発明が意味するものとはつまり、若者に組織へのイニシエーションを施し、組織成員としてのクレドを一面的に維持管理する一方で、その当落線上から排除された人員に対して、その痛みを慰撫するための言語形式を企業がそのサイクルにおいて必要としていたということであり、その発明については敢えて文化人類学的見地にまで引き上げて語らずとも、それがもはや本来的な意味での祈願とはいえず、高度な精神的集中を欠いた散漫な祈り、換言すれば集団的放心とでもいうべき慣習であることは自明の理なのだが、それはそれとして、近代的合理性から絶えずこぼれ落ち続ける何ものかの兆しが、この「祈り」によって極めて空想的な形式を以て回収され、近代における適者生存の死線をくぐり抜けることによってその存在を容認されてきたシステムと、システムの存続を周縁から支えている敗残者たちの遺留物たる思念が、表層的には邂逅を遂げる瞬間となっているのである。

 

読むパンクロック!町田康スタイルのお祈りメール

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「ありきたり」な表現が嫌なら、いっそとびきり個性的な作家の文体を真似してみるのはいかが?

そこでお勧めしたいのが、パンク歌手としても一線級の活動をしながら、文学の世界でも数々の「掟やぶり」を仕掛けてきた町田康

縦横無尽にのたうちまわるような文体、ギャグとも真剣ともつかないようなテンションを通じて、人間のもっとも正直な部分が伝わってくるのがその魅力です。思わず笑ってしまうような文章に、人事のホンネを織り交ぜてみたら、就活生も嫌な気がしないかも?

 

▼そんな町田康の文体模写で書かれたお祈りメールがこちら。

読むべきものがとても多い。それに、書くべきこともとても多いので困る。例えば、『失われた時を求めて』という小説、あるよね。その小説はとても長いことで知られていて、俺はその小説がとても長いことを知っているが、それ以外のことはよく知らない。ここでもし、それを二日で読んで、感想文を書け、と言われたら、世人はどのような反応を示すだろうか。嫌がるに決まっているし、実際問題として俺はこの書類仕事に嫌気がさしている。はは。マドレーヌ食べたい。

とはいえど、世間は採用シーズンの真っ只中だから、人事である俺も、このままいつまでもサボっているわけにはいかない。そこで思わず、くわぁ、と声を上げて、エントリーシート。その嘘っぱちと見栄っ張りと七三分けの山積みから、俺は君を見つけたよ。企業というのは実にナイスな生き物で、ナイスな企業として日々ナイスな社会作りに貢献し続けるという、そのナイスな活動の維持・発展のためには絶えずナイスな人材を必要とするものなんだね。少なくともそのようにいけいけしゃあしゃあと語られているよね。

人事、と書いて、ひとごと、と読む。それってステキだよね、真実だよね。そんな風に一人でもったいぶりつつ、俺。君に書き送る不採用の三文字。

 

おわりに

作家たちのお祈りメール、いかがでしたでしょうか?

「かえって就活生の感情を逆なでしてない?」「そもそも、どれだけ正確に文体模写できているの?」等、異論は様々あることでしょう。

とはいえど、間違いなく言えるのは「文体模写は楽しい!癖になる!」ということ。今回は、「お祈りメール」のテンプレ表現をイジってみましたが、「この文章、あの作家ならどう書くだろう」と空想し、実践してみるのもオススメです!

 

〈文:加勢 犬(P+D MAGAZINE編集部 )〉

初出:P+D MAGAZINE(2016/09/03)

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