坂元裕二『往復書簡 初恋と不倫』に見る、好きな人の心を動かす手紙の書き方

『カルテット』を始めとする名作恋愛ドラマを数多く世に送り出してきた脚本家・坂元裕二。彼の作品に共通するキーアイテムが“手紙”です。今回は、坂元裕二の最新作である書簡体小説『往復書簡 初恋と不倫』から、人の心を動かす手紙の書き方を学びます。

ずっと憧れているあの人に、付き合いたての恋人に、長く連れ添った奥さんに……。あなたは、大切な誰かに手紙を書いたことがありますか?

LINEがコミュニケーションの基本であるこの時代、メールすらしないのに手紙なんて! と思う方もいらっしゃるかもしれません。それでも、大切な友人や恋人からちょっとしたお礼や季節の挨拶が手紙で届けられたら、その意外性もあいまってきっと嬉しくなってしまうはず。いまや手紙は“非日常”のツールであるからこそ、ここぞという時に効くのです。

今年放送され大きな話題を呼んだ『カルテット』や、『最高の離婚』、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』といった名作恋愛ドラマを数多く生み出した脚本家・坂元裕二。彼は、“手紙”で人の想いを伝える名手です。

今回は、坂元裕二の最新作である書簡体小説『往復書簡 初恋と不倫』をご紹介しつつ、彼の数々の戯曲や小説を彩る“手紙”に込められたテクニックを紐解くことで、人の心を動かす手紙の書き方を考えます。

 

『往復書簡 初恋と不倫』
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【あらすじ】

『不帰の初恋、海老名SA』

中学生の明希は、とあるきっかけでクラス中から無視をされるようになった同級生の広志に手紙を書き、文通するようになる。やがて2人の心は通い始めるが、明希の転校を機に、明希と広志は離れ離れになってしまう。
時が流れ、バスの運転手と結婚することになった明希は、恋人が運転する高速バスの車中で、広志に結婚報告の手紙を書く。しかしその数時間後、バスは死者8名を出す大事故を引き起こし……。


『カラシニコフ不倫海峡』

アフリカにボランティアに行って行方不明になった妻を持つ男・健一は、妻の後を追って自殺しようとしている。そこにフリーライターを名乗る女・史子が現れ、「あなたの妻は死んでおらず、アフリカで私の夫と不倫している」と衝撃的な事実を告げる。やがて健一と史子は、自分たちの妻/夫へのあてつけのように不倫をし始める。

【テクニック1】まずは話題の“きっかけ”をつくる

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自分のことをよく知らない好きな人に、まずは自分を知ってほしい、自分を気にかけてもらいたい。けれど、何から伝えればいいのか分からない――。そんなときは手紙の中で、相手がつい気になってしまうような“きっかけ”を提供することが大事です。

『往復書簡 初恋と不倫』の1編目、『不帰の初恋、海老名SA』は、クラス中から無視をされている中学生の広志が、同級生の明希からの手紙を受け取ることで物語が始まります。広志は当初、明希に心を閉ざし、明希からの手紙にも「おまえ、うるさい。黙れ。気持ち悪い。」と冷たい返事を書きますが、明希はめげずに手紙を送り続けます。
明希と広志の心が通うようになるきっかけは、明希の手紙のこんな一節でした。

好きなラーメンの種類を教えてください。わたしは海老名サービスエリアのしょうゆラーメンにコショウを全面的にかけて食べるのが好きです。あとラジオ体操第一の好きな箇所も教えてください。

広志は、明希に対し冷たい言葉を吐き捨ててしまったことに罪悪感を覚えながらも、手紙の返事で明希の奇妙な質問に答えるのです。

ラジオ体操第一の好きな箇所は、腕を上下に伸ばすのところです。肩に手を乗せるところが特に好きです。
好きなラーメンの種類はありません。でも昨日学校の帰りに手紙を読んで、本厚木駅から自転車で、海老名サービスエリアに行きました。全面的にコショウを入れました。美味しかった。

一方、2編目の『カラシニコフ不倫海峡』は、妻を亡くした健一の元に「あなたの妻に関し、私は貴重な情報を所持しています」と語る見知らぬ女からメールが来ることで物語が始まります。
女が健一に送った1通目のメールは、こんな奇妙な文面でした。

はじめまして、穂野川ほのかと申します。
わたくしの趣味はインターネットで変態的な画像の収集をすることでございます。
見知らぬあなた様にご相談するのは大変お恥ずかしいのですが、わたくしと共に変態的画像を撮影してくださいませんでしょうか。
些少ながら報酬は一変態行為あたり百万円でいかがでしょう。
尚、わたくしのスリーサイズは上から、94、59、98となっております。
お返事お待ちしております。

こんな、明らかないたずらメールを読んだ健一は、「こういうのスパムメールというんですよね。こんなので騙される人いるんですか」と思わず相手の女・史子に返信してしまいます。当然、仮にこれがよくあるスパムメールの文面であれば健一も気に留めず、返信はしなかったはずです。

……こうして明希と史子という2人の登場人物は、なんの意味もない、ユーモアを交えた文章で、相手が自分を“気にする”きっかけをさらりとつくってしまうのです。

【テクニック2】言いたいことを“比喩”で伝える

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家族に日頃の感謝を伝えたい。好きな人に手紙で愛の告白をしたい――。伝えたいことはシンプルでも、照れ臭かったりわざとらしくなったりしそうで、ストレートに言うのが憚られる……というケースはよくあると思います。そんなときに使えるテクニックこそ、“比喩”です。

起きたことは、もう元には戻らないんです。
レモンかけちゃったからあげみたいに。
シナリオブック『カルテット1』より

坂元裕二は、手紙の名手であると同時に、物事をごく身近なものに例える比喩の名手でもあります。人生に起こる出来事の不可逆性を“からあげとレモン”という小道具を使って描き話題を呼んだ『カルテット』の台詞のように、坂元作品の中では、人が人に自分の立場や気持ちをアピールするとき、必ずと言っていいほど軽妙な比喩が登場するのです。

ここで、その一例を見てみましょう。『カラシニコフ不倫海峡』の中で、健一をメールで呼び出した史子は、喫茶店での待ち合わせを提案した直後に「忘れてください」と突如メールで別れを告げます。それに対し健一は、こんなたとえ話で返事をします。

考えてみてください。スターバックスに行って、お客様、本日のおすすめは……あ、いえ何でもありません、と言われたらドトールに行きたくなりませんか。官房長官が、今回の首脳会談の成果は……あ、いえ何でもありません、と言ったら支持率下がりますよね。
あなたのしたことはそれです。

「話をしかけてやめるのは不快だ」ということを、わざわざスターバックスと首脳会談という比喩を出して伝える健一。史子はそれに、またもや比喩で返します。

よろしいですか、言いかけてやめるのには理由があります。渋谷の宇田川町に東急ハンズがございます。あなたは三階から四階に上がります。あなたは売り場を見回し、あれ、買いたいものが売っていないぞと怒りはじめます。違います。東急ハンズには三階と四階の間に、3B階、3C階があるんです。あなたには3B階、3C階が見えなかっただけです。あなたがそれを見逃している限り、あなたの目の前に現れる人はみなことごとく、あのさ……いや何でもないと言い続けることでしょう。

物事には、必ず「見えない部分」が存在する。手紙で言うならばそれは、“行間”にあたります。「行間を読め」というメッセージを、史子は3B階、3C階という分かりやすくもユーモラスな比喩を使って説くのです。
こんな風に、伝えたいことをストレートに言うと角が立ちそうなときや照れ臭いときは、ごく身近なものの“比喩”を用いてみてはいかがでしょうか。

【テクニック3】日々の中にいる「あなた」について書く

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ずっと気になっている人に、長年一緒にいる恋人に。ここぞというときにラブレターを出すならば、とびきりロマンチックなものが書きたい、という方も多いのでは。
坂元裕二はラブレターにおいても、実にロマンチックな演出を施します。まずは、テレビドラマ『最高の離婚』の中で、一度は離婚した妻・結夏に対し、元夫である光生が綴る手紙をご覧いただきましょう。

まだまだ僕は、毎日を君の記憶と共に暮らしています。
君と結婚して知ったことがあります。洗面台に並んだ歯ブラシ。ベッドの中でぶつかる足。いつの間にか消えてる冷蔵庫のプリン。恋がいつしか日常に変わること。日常が喜びに変わること。もうひとりの父親。もうひとりの母親。もうひとつの故郷。故郷から届くみかん箱の中の白菜。(中略)

川沿いの道を今日も歩きます。ひとりずつ二人で生きていたこと。僕の中に住んでいる君。君の中に迷い込んだ僕。不思議とひとりになった気がしません。いつか、また。そう思うことの愚かさを思いながら、それでも思います。夜中の散歩をして、じゃんけんして、食べて笑って、手をつないで、焼き芋を頬張りながらまた同じことを話すんです。僕たち一緒にいると楽しいよね? 一緒に年をとりませんか? 結婚してくれませんか?
『最高の離婚』スペシャルより

再婚を乞うこの切実な手紙の中で、光生は自分の気持ちではなく、むしろ日常の中にいかに「あなた」がいるかを伝えることに注力しています。片思いをしたことがある人ならば必ず分かる、日々がすべて「あなた」とイコールになってしまう現象。自分のことではなく日常のワンシーンを手紙に描くことで、相手に対する思いの真剣さを伝えるのです。

『不帰の初恋、海老名SA』の中でも、大人になった明希は広志に対し、初恋の手紙のやりとりを思い返しながら、こんなメールを打ちます。

わたしの初恋はどうなったか。わたしの初恋は、わたしの日常になりました。例えば長めで急めな階段を降りる時。例えば切手なんかを真っ直ぐ貼らなきゃいけない時。例えば寝る前、最後の灯りを消す時。日常の中のそんな時、玉埜くんと繋いだ手を感じているのです。あの日バスに乗った時も君の手を感じていました。支えのようにして。お守りのようにして。君がいてもいなくても、日常の中でいつも君が好きでした。

“君がいてもいなくても、日常の中でいつも君が好き”というキラーフレーズ。大切な人からこんな言葉を伝えられて、ドキッとしない人はいないはずです。

おわりに

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きっかけになる話題、軽妙な比喩、そして「あなた」についてのエピソード。坂元裕二の手紙に散りばめられた3つのテクニックを使えば、あなたも相手の心を動かす、素敵な手紙が書けるはずです。

当たり前ですが、私たちが手紙を書くのは必ず、相手がそばにいないときです。大切な人に手紙を書くときは、相手が(いないからこそ)自分の日常のそこかしこにいる、ということを、精一杯の気持ちを込めて伝えてみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2017/09/21)

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