谷川俊太郎を、絵本、翻訳、作詞……詩“以外”の顔から知る。

2018年1月から3月25日まで東京オペラシティで開催されていた「谷川俊太郎展」が大きな話題。今回は展覧会開催を記念して、谷川俊太郎の“詩”以外の作品についてご紹介します。

2018年1月から3月25日まで東京オペラシティで開催されている、「谷川俊太郎展」。谷川俊太郎がこれまでに書いてきた選りすぐりの詩作品の展示はもちろん、家族写真や友人たちとの書簡、ラジオのコレクションなど、谷川にまつわるさまざまな貴重な記録も展示されているとあって、大きな話題を呼んでいます。

今回は、展覧会をきっかけに注目を集めている、谷川俊太郎の“詩以外”の仕事をクローズアップします。絵本の原作や翻訳、エッセイの執筆など、谷川俊太郎の仕事の多彩さは枚挙に暇がありません。今回は彼の仕事を大きく分けて、4つの“詩人以外の顔”に着目してみました。

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「絵本作家」としての顔――ちょっぴり怖い『あけるな』、死を見つめる『かないくん』

まずは、絵本作家としての谷川俊太郎の作品をご紹介しましょう。谷川俊太郎は自身の息子、谷川賢作をモデルにした絵本『けんはへっちゃら』を皮切りに、30代の頃から実に100冊以上もの絵本の文章や原作を担当しています。

あけるな
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中でも人気の高い作品は、1976年発表の『あけるな』(谷川俊太郎 作/安野光雅 絵)。「あけるな」という文字の書かれた大きな扉を開けると、そこには「あけるなったら」という看板がかかっています。「あけるとたいへん」「あけてはいけない」……。忠告を無視し扉を開け続けてゆくと、やがて読み手は世にも不思議な風景にたどり着きます。

“禁止された扉を開ける”というしかけとそのゾクッとするようなオチから「トラウマ絵本」としても知られる作品ですが、詩をそのまま絵本としてパッケージしたかのような味わいと哲学的な展開には、魅了される人も多いはず。

かないくん
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また、2014年発表の『かないくん』(松本大洋絵 糸井重里企画・監修)もファンの多い1冊です。谷川俊太郎がわずかひと晩で書き、漫画家の松本大洋が2年をかけてその文章に絵をつけたこの絵本は、クラスメイトの「かないくん」の死をめぐる物語です。

きょう。となりのかないくんがいない
きょうもかないくん、けっせき。
もういっしゅうかんもやすんでる。びょうきかな。

こんな書き出しで始まる『かないくん』。物語の序盤で呆気なく、かないくんは病気で亡くなってしまいます。かないくんの死を悲しんだクラスメイトたちが、やがて彼を忘れて元通りの生活に戻っていくさまを見て、主人公は

しぬって、ただここにいなくなるだけのこと?

と読み手に疑問を投げかけます。
“生と死”は谷川俊太郎の詩の一貫したテーマでもありますが、彼は若い頃からさまざまなインタビューで「自分が死ぬことはあまり怖くない、愛する人の死のほうが怖い」と語っています。そんな谷川の死生観がよく表れた、子どもだけでなく、大切な身近な人に読んでほしくなるような絵本です。

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「翻訳家」としての顔――スヌーピーにスイミー、マザーグースまで

谷川俊太郎は翻訳家としても、50シリーズ以上の絵本や童話、漫画の翻訳を手がけています。『あしながおじさん』(ジーン・ウェブスター作)や『スイミー ちいさなかしこいさかなのはなし』(レオ・レオニ作)、『マザーグースのうた』など、子どもの頃に読んだあの有名な絵本が、実は谷川俊太郎訳だった……ということも少なくないはず。

中でも谷川が精力的に翻訳をしたシリーズは、何と言っても『ピーナッツ』(チャールズ・M・シュルツ)です。

スヌーピー
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シニカルで哲学的な犬・スヌーピーでおなじみの『ピーナッツ』は、日本で初めて紹介された1967年から、谷川俊太郎が翻訳を担当しています。
スヌーピーの口癖「Rats!」を「チェッ!」、チャーリー・ブラウンの口癖「Good Grief」を「ヤレヤレ」と訳すなど、簡潔でありながらも味のある谷川の翻訳は日本におけるスヌーピーのイメージを決定づけ、40年以上にわたって愛され続けています。谷川俊太郎自身も原作者のチャールズ・M・シュルツに捧ぐ「シュルツさん」という詩を書いたことがあるほど、『ピーナッツ』には並々ならぬ思い入れがあるようで、

翻訳していて、いつの間にか登場人物の一人みたいになっちゃった
(――朝日新聞 インタビューより)

とかつて語ったこともあります。

「エッセイスト」としての顔――“詩人”と“生活者”の葛藤

高校卒業後すぐに詩人として鮮烈なデビューを果たした谷川俊太郎は、26歳の時、エッセイストとしてもデビューしています。

アイのパンセ
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処女エッセイ集である『愛のパンセ』では、青年らしい若々しい感性で、それまでに出した4冊の詩集にまつわる話や、詩愛や失恋といった抽象的な概念についての自論が語られています。中には「谷川俊太郎に会う」と題された、谷川自身(俺)と内なる自分(彼)が会話をするという、ユニークなエッセイも収録されています。
文庫版のあとがきでは、

もう四冊の詩集を出していましたし、短い最初の結婚生活も経験していましたが、まだ暮らしは楽ではありませんでした。もちろん詩を書くだけでは食えないので、注文に応じてエッセーや歌詞や短い劇も書いていました。それらを集めたのがこの本です。

と、1冊目のエッセイ集を出した経緯が素直に書かれています。
谷川は、83歳を迎え2015年に出演したテレビ番組の中で、

妻子を養うために書いていた頃は詩を書くのが面白くなかった。

(最近は、)さあ詩を書こうとマックの前に座って待っていると湧いてくる

とも発言しており、若い頃は自身の創作活動と生活とのバランスに苦戦していたという、彼の意外な姿も窺えます。

「その他」の顔――鉄腕アトムの作詞から、東京オリンピックの映画の脚本まで

谷川俊太郎は、作詞家としても活躍しています。谷川の詩に曲をつけた合唱曲はもちろん、テレビアニメ「鉄腕アトム」のかの有名な主題歌や、映画「ハウルの動く城」の主題歌である「世界の約束」なども手がけています。

脚本家としても実績があり、市川崑が総監督を務めた1965年公開の東京オリンピックの公式記録映画では、市川や和田夏十なっとといった錚々たる面々に並んで脚本を担当しています。この記録映画は、その芸術性の高さから「芸術か記録か」と大論争を巻き起こしたほど、話題を呼びました。

また、少し変わった活動で言うと、1975年に『谷川俊太郎の33の質問』という対談集も発表しています。

33の質問
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これは、谷川俊太郎が大岡信、和田誠といった7人の友人たちに、

金、銀、鉄、アルミニウムのうち、もっとも好きなのはどれですか?

前世があるとしたら、自分は何だったと思いますか?

もしできたら「やさしさ」を定義してみて下さい。

といったさまざまな「質問」を33個投げかけ、自らも答えながら語り合うという趣旨の本です。谷川はこの中の“前世があるとしたら、自分は何だったと思いますか?”という質問に“前世も自分”と答えるなど、本の端々に彼らしい言葉や思想が詰まっています。
作家や文化人たちの「33の回答」を楽しむのはもちろん、仲のよい友人たちに出題して楽しむのにもお薦めの1冊です。

おわりに

谷川俊太郎は、自身の仕事について、かつてこんな風に語ったことがあります。

とにかく注文があれば書けるものは全部書くということで、詩のほかに映画の脚本とか歌の歌詞とか、フォト・ストーリーに文章を付けるとか、そういうことをずっとやってきたという感じです。だから、わりと一貫して受注生産でやってきたんですよ。
(――『現代作家アーカイヴ2:自身の創作活動を語る』より)

“受注生産”“書けるものは全部書く”。そんな姿勢を、コピーライターの糸井重里は「安売り王」と評しました。谷川俊太郎はのちに、その評価が褒め言葉に聞こえて嬉しかった、と語っています。

作詞から翻訳、脚本までこなしてしまう変幻自在の詩人。その仕事量はあまりに膨大すぎて、研究家であっても全貌が掴めないほどだと言います。ここでご紹介した作品群も、彼の仕事のほんの一端に過ぎません。絵本、エッセイ、対談本……。ほんの少しでも気になる本が見つかったら、偉大な詩人の作品の1ページをめくってみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2018/03/15)

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