辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第35回「つわりなんてないさ、つわりなんて嘘さ」

辻堂ホームズ子育て事件簿
ときに出産そのものよりも、
インフルエンザよりもつらい、
字面すら憎き「つわり」について。

 考えようによっては、出産そのものよりつらい。インフルエンザよりつらい。瞬間的な症状だけを見ればウイルス性胃腸炎よりましだけれど、持続期間がとにかく長い。特にピーク時の2週間ほどは、仕事なんてまったく手につかない。子どもそっちのけで、泣かれてもぐずられてもぐったり寝ているしかない。

 もはや重病である。それなのに堂々と休めない。会社員であれば有給休暇を消費するしかないし、私のように比較的自由が利く職種であっても、妊娠初期の時点で仕事の関係者に広く報告するのはやはりためらわれるものだ。

 だからみんな、限界まで頑張ってしまう。一生懸命平気な顔で日常生活を送ってしまうから、周りが「大したことないんだ」と思い込む。そう、20代前半の頃の私が、表向きはいつもと変わらず仕事を続けていた部署の先輩を見て、つわりのつらさを軽視してしまったように。

 本当に、どうにかならないものか。妊娠初期というデリケートな時期ということもあり、身の回りでできるレベルの解決策はなかなか思いつかない、難題である。

 しかし先日、つわりの原因となるホルモンが特定されたというニュース記事を見かけた。英ケンブリッジ大学主導の研究で、妊娠前の女性にGDF15というホルモンを投与すると、重いつわりを回避できる可能性があることが判明したそうだ。妊婦への薬の投与には高いハードルがあるだろうけれど、これはぜひ実用化してほしいと期待してしまう。

 妊娠初期は強制的に身体を休めるべきというサイン、なんて言われ方をすることもあるものの、個人的には、つわりの症状は不要としか思えない。だって、1か月以上もこんな気持ち悪さを与えられなくたって、「過度な運動はせず、安静にしてくださいね」って言葉で指示されれば分かるし! 人間は進化の過程で、それくらいの知性を獲得してきたわけだし!

 そうか──と、書いていて気がついた。つわりというのは、人間の進化がまだ追いついていない部分なのだな。太古の昔に人間にもついていた、尻尾みたいなもの。

 新年早々、これまでの妊娠を振り返って、心から思うのである。邪魔な尻尾など、さっさと消失して、人畜無害な尾てい骨になってしまえばいいのにね、と。

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『山ぎは少し明かりて』。

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