辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第40回「私は裁判所」

辻堂ホームズ子育て事件簿
しばしば勃発する姉弟ゲンカ。
二人ともが納得する公平な
ルール作りが、思いのほか難しい。

 例えば、子どもたちがおもちゃを取り合っているとき。

 見たいテレビ番組や、車の中で流したい曲が食い違っているとき。

 2人同時にトイレに行きたいと言い出し、我先にと順番を争っているとき。

 お迎えの帰り道、2人ともママの右手と手を繋ぎたいと主張しているとき。

「今は●●くんが使っていいよ」「はい、●●ちゃんが早かったから先~」と親がその場で恣意的に決めるのも、一つの解決方法だろう。または「お姉ちゃんが我慢しなさい」と、弟を常に優先する考え方もあるかもしれない。だが、それだと子どもの納得感が薄くなるような気がするのだ。前者だと親の気分次第で答えが変わるという話になるし、後者は他ならぬ私自身が、幼い頃に親からたびたび言われて不満を持っていた(姉からすると、丸2年も歳の離れていない弟など、庇護すべき対象とは思えないものなのだ……)。できることなら、統一したルールを作ってあげ、喧嘩が起きたときでも公平感のある形で解決できるようにしてあげたい。

 その仲裁方法に、毎度頭を悩ませる。

 いかにして、公平なルールを作るのか。

 いくら対等に扱いたいからといって、歴然とした歳の差を無視するわけにはいかない。また、咄嗟に下した判断を後から翻すと、「前はいいって言ってたのに」と途端に説得力を失うことになってしまう。

 問題が起きたら、速やかにルールを提示してその場を収める。しかしその判決の内容は、その後同様の事象が起きた場合にも、必ず適用できるものでなければならない──。

 子どもたちがもう少し小さい頃は、躾という名のルールを運用する行政府のつもりで親の役目をこなしていた。しかし最近は司法府、さらに立法府としての立ち居振る舞いが求められているような気がする。そう捉えるのは頭でっかちだろうか? いや、でも、1日数回の頻度で衝突を繰り返す子どもたちを目の当たりにしている私としては、本当に日々神経を削っていて……。

 そんなわけで、もはや記憶するのも大変なくらい、我が家でのみ効力を発揮する判例と法律が、雪だるま式に増えていっている。

<ルールの一例>

・2人が同じおもちゃを使いたいと希望した場合、先に使っていたほうが優先される。ただしブロックやおままごとセットのようにパーツが多いものは、必ずはんぶんこするようにする。例外として、すでに作品として形が出来上がっているものについては、一定の時間、所有権を主張できるものとする。

・相手が使っているおもちゃを自分のものにできるのは、「貸して」と口頭で許可を求め、「いいよ」と了承が得られた場合に限る。力ずくや不意打ちで手に入れた場合、ルール違反と見なして親が元の持ち主のもとに戻す。

・4体しかいないレゴブロックの人形は、原則として半分の2体ずつ使う。ただし1人が4体を独占して遊び、もう一方によるはんぶんこの依頼に応じなかったときは、我慢したほうの子が次の機会に独占できるものとする。

・お風呂で遊ぶおもちゃの中で人気があるもの(白い洗面器と赤いじょうろ)は、日替わりで交代して使う。また、1人が両方を同時に使用することはできない。

・テレビ番組や車内で流す曲は、先着順で希望を受け付ける。ただし1人が同時に希望できるのは1つまでとする。

・問題をじゃんけんで解決することを選んだ場合、その決定は何があっても覆らない。負けたほうの人は問答無用で、勝ったほうの人におもちゃや場所を譲らなければならない。

 難しいのは、「さっきまで私/僕が使っていたおもちゃ」の線の引き方だ。積み上げられたブロックや、お皿に綺麗に並べられたおままごとの野菜たちがそのへんにぽんと置いてあったとしても、それはすでに遊び終わっているものなのか、作った本人にとって思い入れのあるものなのかが、一見して分からない。

 娘が作って放置していた〝作品〟を、息子がばらして遊び始めてしまい、「わたしがつかってたのにぃぃぃ」と娘が泣くことが増えた。裁判所たる私は思案の末、「大事なものなら、ずっとそばを離れずに使い続けるか、壊さないでねってちゃんと先に言っておくんだよ。そうしないんだったら、他の人に使われちゃってもしょうがないよ」と言い聞かせてみた。すると娘は、トイレなどでいったん席を外す際、「●●くん、こわしちゃダメだよ! ママもまもってね!」と毎回宣言するようになった。そうすると私も、娘の〝作品〟を保護対象と認識して目を光らせることができるし、奔放な2歳も姉の言いつけを理解して少しは遠慮するようになる。おお……娘よ、言えばできるじゃないか。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。

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