辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第4回「早期教育の強迫観念」

辻堂ホームズ子育て事件簿
母が自分にしてくれたことと、
自分の子育てが異なる不安。
夫の言葉にハッとさせられて……。

 そうか、母の子育てと、私の子育てを同じように捉える必要はないのだ。時代も違うし、家庭も違う。母には母の、私には私の生活があって、別の子どもがいて、たぶん、それぞれ性質の違う苦労や悩みがある。

 母が私に対してやってくれたことは、直接的か間接的かは分からないけれど、おそらく、作家という今のキャリアに繋がった。そのことに心から感謝しつつ、私は自分自身の経験や考え、さらにはキャパシティを踏まえた上で、私のできることをやっていきたい。思うに、教育より何より大事なのは、まず愛情を注ぐことなのではないか。母が0歳の私に一生懸命ひらがなカードを見せたのは、きっと教育であると同時に、一つの愛情の示し方でもあったのだ。

 だから私も、自分なりの形で、できる限りの愛情を伝えていこうと思う。仕事の合間にでもいいから、時には娘と遊び、戯れ、一緒に食事や散歩や添い寝をして、おもちゃの片づけをするついでにおんぶやお馬さんごっこをしてあげて、ああ今日は仕事を優先させすぎてしまったな……と反省した日には、せめて湯船に浸かっている間くらいは全力で娘を笑わせにかかって、歌を歌いながら手遊びをして、寝る前にぎゅーっと抱きしめてあげよう。もう少し娘が成長して、育児そのものに手がかからなくなったら、文字や数字を教えたり、勉強を見てあげたりもできるかな。

 そういえば以前、TBS系列の『東大王』に出演しているクイズプレイヤーの鶴崎修功くんが、番組内でご両親について語っていた。お父さんが大学教授、お母さんがオペラ歌手。それぞれの仕事に対してひたむきなご両親の背中を見て、自分も自然と一生懸命勉強するようになったのだとか。

 とても素敵なご両親だ、と感銘を受けた。奇しくも私たち夫婦も、夫はデータサイエンス、私は文芸というふうに専門分野があり、仕事の資料を家で読んでいることが多い。専業主婦だった母ほど多くの時間を娘の教育に捧げることはできないけれど、鶴崎くんのご両親のように、娘にカッコいい背中を見せられる親にはなれたらいいな、とは思う。

 去年の春、生後1か月の娘を抱っこ紐に入れて初めてお散歩に行った先は、確定申告会場だった。こんな変な母だけれど、この家に生まれてきてよかったと将来言ってもらえるよう、日々を大切に過ごしていきたい。

 まずは自分がつぶれない程度に、焦らず、余裕を持って。

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。

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源流の人 第13回 ◇ 森岡督行 (「森岡書店」店主)