辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第5回「名付けのプロセス」
悩ましい問題、子どもの名付け。
辻堂家の合理的な「システム」とは?
というわけで、第1子の娘のときは、私が名前の案を出すことになった。よーし、女の子の名前なら任せて! 生まれてきた娘が将来喜んでくれそうな、響きも意味も素敵な名前を考えるぞ〜! と、気合いを入れて候補を次々と書き出し始めたはいいものの……早々に、問題が発生した。
ああ。
すでに自著の中で使ってしまっている名前の多いこと、多いこと。
思えば、登場人物の名前をつけるという意味で、小説家と「名付け」は切っても切れない関係にある。しかも登場人物はだいたい1つの長編につき10人から20人。私の作品でいうと『片想い探偵 追掛日菜子』シリーズや『お騒がせロボット営業部!!』のような、各話で新たな事件が起こって探偵役が解決するような連作短編集になると、さらに増えて1冊で30名弱。ざっと計算して、これまでに200人以上の「名付け」をしてきたわけだ。
となると、ぱっと思いつくような名前は大抵、過去の自分に使われてしまっている。
もちろん、善良で、かつ幸せな生活を送っている登場人物なら、自分の子どもと名前がかぶったっていいのだ。けれど都合の悪いことに、私の作品のほとんどはミステリー。犯罪に手を染める人や、トラブルを起こしがちな人、性格がいいとは言えない人、悲惨な運命に翻弄される人……などが多出する。
実際に娘の名前の候補に挙げようとして思いとどまったものでいうと、例えば、「めぐみ」だ。これは『悪女の品格』という長編の主人公――身の丈に合わないブランド品に身を包み、4股して複数の男から金品を巻き上げようとする、どこからどう見ても「善良」とはいえない女性――と同名だった。響きも意味も綺麗な名前なのに、どうして悪女の名前に使っちゃったんだ!? 将来娘にこの作品を読まれるかもしれないと思ったら、絶対につけられないじゃないか!――と、候補リストにいったん書いた「めぐみ」の文字を二重線で消しながら、4年前の自分に呪詛を吐いたものである。
まあ、仕方ない。あの頃はまだ、結婚だの出産だのを意識していなかったのだから……と自分に言い聞かせつつ、次にいいなと思って候補に挙げようとした名前がまたも『悪女の品格』に出てくる性格のねじ曲がった女性キャラとかぶっていて、ちょっとさすがに過去の自分を許せなくなった。どの作品とは言わないけれど、事件の犯人にいい感じの名前をつけてしまっているケースも複数あった。……あの、ちょっと、候補がどんどん少なくなっていくんですけど。
と、いろいろ苦労はしたけれど、最終的には納得のいく名前を考えつき、夫にも無事に一発OKをもらうことができた。そうか、本当に自分が好きな名前は小説の登場人物につけずに残しておかなければならなかったのだなぁ……と、著作の見本が並んだ本棚を眺めながら呟いた、そんな第1子妊娠中の思い出である。
そして、次はどうやら男の子らしい。つまり立場が逆転して、今度は夫が法案を形にする立法府、私が拒否権を発動する行政府ということに。
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
\毎月1日更新!/
「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。