椹野道流の英国つれづれ 第10回

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「これはどう? 庭の、リンゴの木の周りに咲いている水仙を切ってきたの。そのイメージを、イケバナにも生かせるかしら?」

「なるほど。じゃあ、ちょっと短めに茎を切って……こういう柔らかい茎は、斜めじゃなく真っ直ぐ切って生けます。最初はやっぱり、真っ直ぐ針に刺して」

幸い、花が小さいタイプの水仙だったので、茎を短くしても不自然な感じにはなりません。

短くした水仙を剣山に生け、少し斜めに傾がせると、いかにもワックスフラワーの「大木」に寄り添って咲いているような雰囲気になりました。

「素敵ね! あと2本くらいかしら?」

「そうですね、そのくらい」

なんだか息が合ってきた気がします。

「次は私が生けてみるわね」

ジーンは私からハサミを受け取ると、思いきりよくパチンと水仙の茎を切り、少し離れた、剣山の端っこにグッと刺しました。

生け花の基本形からは外れる位置ですが、「森を作る」という意図としては、悪くない感じです。むしろお洒落! 滅茶苦茶センスがいい!

ただ、そのように伝える英会話スキルが、まだ当時の私にはありませんでした。そこだけは、今も残念に申し訳なく思います。

「本当は、このへんに生けたほうがいいです。さんかっけー。三角形を作って……こう、このへん。でも、これもいいです」

どうにかこうにか言えたのは、この程度のことでした。

私が指で一生懸命描く「三角形」に、ジーンは「ああ、わかったわ」とスッと水仙を抜き、型どおりの場所に刺し直してしまいました。

あああー、さっきのもよかったのに!

私のばかばか。余計なことを言ってしまったかも。

でも、型破りは型を知っていればこそ、という言葉もあります。やっぱり、基本形は頭にイメージする癖をつけておいたほうがいいような気がするし。

面白さを減じることになっても、やっぱり、最初は型を大事にしたい。

とても真面目だった若い私はそう思い、ジーンも特に気を悪くした様子もなく、「ちょっと倒してみてもいい? あら、本当に自由に方向を変えられるのね。剣山、凄いわね」と感心しながら、水仙の角度を楽しそうに調整し始めました。

「この花は、後ろを向かせてもいいのかしら?」

「ああいえ、それはだめです」

「前か横を向かせるのね?」

初対面の外国の人と、共同作業で小さな森を作っている。

花を通して、静かに心が通っていく不思議さと、緊張を超えたところからどんどん生まれてくる楽しさ。

拙い英語と身振り手振りでどうにか意思を伝えながら、私は生け花に没頭していきました……。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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