椹野道流の英国つれづれ 第12回
「おいしい! UKに来ると紅茶が美味しいって、ほんとですね」
私がそう言うと、ジーンは「私は他の国で紅茶を飲んだことがないから、わからないけれど。みんなそう言うわね」と応じました。
「みんな? あ、留学生ですか?」
私が首を傾げると、ジーンはカップをテーブルの上のソーサーに戻し、何故か少しきまり悪そうな顔つきになりました。
「そう。うちは、ずっと前から、地元の英語学校に頼まれて、留学生を受け入れているの。いつも誰かいるわ。色んな国の、色んな人たち。たいてい若い子だけど」
「今いるっていう……」
「そう、今はスウェーデンの女の子。その……ね、チャズ。ホストファミリーにも色々あると思うんだけど」
「はい」
ジーンは、低い天井を指さしました。
「うちは、二階の客間を留学生に使わせているの。ちっちゃな個室よ。基本的に朝晩は一緒に食べるけれど、それも強制はしないのよ。お友達と外食したいときもあるでしょ。朝に、今夜は食事は要らないって言ってくれたら、それでいいからって」
そりゃもっともだな、と私はただ頷きます。
「アクティビティもね、一応、私と夫がどこかへ出掛けるときは声をかけるけれど、一緒に来るかどうかは留学生の子たちに任せているの。今いる子なんて、滅多に来ないわ。ひとりが好きな子も、やりたいことがハッキリしている子もいるから、そこは好き好きで。つまり干渉しないのよ」
それは、とてもステキだと思います。「干渉しない」は、「ほったらかし」とイコールではないので。
出会って間もない私にも、ジーンはとても愛情深く、親しみやすく、そして注意深い目を持っている人だとわかります。留学生を自由にさせていても、何か問題が起きているときは、すぐに察知してくれる人でしょう。
こんなホストファミリーに恵まれた留学生は、ハッピーだなあ。
そう思っていた私に、ジーンはちょっと私のほうに身体を傾け、内緒話をするように声をひそめました。この家、私たち以外誰もいないはずなのに!
なんだかドキドキして、私もジーンのほうに上体を近づけます。
「それを踏まえて聞いてほしいんだけど」
「はい」
「あのスイバンをあなたに託してくれた、Kのこと。あなたから今朝、お電話をいただいてからずっと考えていたんだけど……」
そ、それってまさか。
英語で「まさか」は〝No way!〟と言えばいいのですが、渡英すぐの私には、そんなシンプルな言い回しすら思いつけず。
やむなく表情を駆使してみたところ、幸いにも、ニュアンスは正確に伝わったようです。ジーンは小さく肩を竦めて、こう告白しました。
「ビジターブックに、彼女の名前を見つけた。うちにいたのは間違いないわ。だけど、どんな子だったか、全然思い出せないのよね」
「ええええ……」
「スイバンをくれたってことは、イケバナの話をしたのは確か。でも、本当に記憶がないの。これは言い訳なんだけど、ジャパニーズガールは、たいてい大人しくて、礼儀正しくて、綺麗好きで……そして、あんまり喋らないのよ」
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。