椹野道流の英国つれづれ 第19回

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これが食レポ中の芸能人なら、ホニャララのひとつ覚えのように「やわらか~い! 肉汁が溢れる~!」とすぐさま言ったところでしょう。

でもね。

ジャックが切るのを見ていてそうじゃないかと予想したとおり、けっこう固いの。

そして肉汁は特に溢れないの。

噛むのが一仕事で、とても素早いリアクションは取れません。

でも、見た目よりずっと美味しいのです。

よく焼けた外側のカリッとした香ばしさ。

赤身肉独特のしっかりした歯ごたえと、中心までがっつり火を通したことによる、避けられないパサつき。

それが最初に感じたことでした。

それをもぐもぐ咀嚼し続けていると、じんわりと美味しさが出てくるのです。

必要最低限の肉汁。

奇妙な表現ですが、そんな感じ。

そこにたっぷりのグレイビーソースが合わさると、十分かつ味わい深い汁気になるのです。

嫌いじゃない。脂っこいお肉より、ずっと好き。

確かにもう少しだけ焼きが浅いほうが好みではありますが、これはこれで。

待望のヨークシャープディングは、本当に「シュークリームの皮だけをとても分厚くガッツリ焼いたもの」という感じの食べ物でした。

単体で食べるようなものではなく、グレイビーソースを染み込ませ、お肉と一緒に楽しむという感じの食べ物です。

美味しいといえば美味しい。でも、毎日食べたいという感じかと問われれば、申し訳ないことながら、ノー。

でも、ぱふぱふした食感は楽しく、またいつか食べたいなあ、という気はしました。

ジャガイモは、ローストする前にみじん切りにしたニンニクとオイルをからめてあるようで、これ単品でスナックとして売ってほしいほどの美味しさ。仕上げに振りかけた、粒の粗い塩がよくマッチしています。

思わず真っ先にジャガイモをお代わりしてしまった私に、ジーンは誇らしげな顔で、「みんなこのポテトの虜になるのよ。あなたもそうね」と胸を張りました。

「日本でお店を出したら、とても流行ります」

「そんなことを言った人は、初めてだけど、嬉しいわ。考えておくわね」

さりげない風を装いつつも、ジーンはとても嬉しそう。やっぱり料理自慢の人なんだな、と実感します。

他の野菜は、私が食べたことのないものばかりでした。

やたら鞘の長い豆を斜めにカットしたもの。

これは、ランナービーンズというのだと、ジャックが教えてくれました。

とても簡単に育てられ、長く収穫期が続くので、家庭で育てるには最適なのだと。

今では日本でも「モロッコインゲン」の名ですっかりお馴染みになりました。

それから、何かこう……ちょっと冬瓜に似た、とにかく薄緑色の味の薄い野菜。

これは「マロウ」と名前の、ズッキーニの仲間だそうです。

これも育てるのが易しく、実がとても大きくなるので、長く楽しめるのだとか。

お豆もマロウもとても柔らかく蒸されているので、ナイフなど必要ありません。

とはいえ、「お口の中で溶けちゃう~」というよりは「口に入れるなりぐずぐずに崩れる」という感じ。

栄養素、だいぶ湯気に溶け出して、室内に漂っている気がするなあ……。

いずれも味は本当に淡いので、グレイビーソースと共に味わったり、お肉と一緒に口に入れてみたり。

とにかく何にでも徹底的に火を通すお家なのだなと納得しながら、それでも誰かが作ってくれた手料理はとにかく美味しくて、あったかくて、嬉しくてたまりませんでした。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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