椹野道流の英国つれづれ 第19回
そして、食事の締め括りは、チョコレートケーキと紅茶でした。
これは、ダイニングではなく、居間の暖炉のそばで、それぞれの椅子に陣取っていただきます。
お供は、毎週見るのだという、「アンティーク・ロードショー」つまり、おそらくは「お宝鑑定団」のお手本になった、「一般人が持ち寄った骨董品をプロが鑑定する」という番組です。
「英語のリスニングの練習にもいいわよ」と、ジーンは言っていました。
なるほど、イギリス全土を巡るので、色んな土地の方言が聞けるのだそうです。それはなかなかハードルが高そう!
チョコレートケーキは、イギリスでは有名なスーパーマーケット、テスコのプライベートブランド商品でした。
しっとりを通り越し、じっとりと表現したいほど、甘いシロップを染み込ませたココアスポンジに、濃厚なチョコレートバタークリーム。それに杏のジャム。
ちょっとザッハトルテ風ですが、もっとカジュアルな味わいです。
とても甘いので、少しずつフォークで削るようにして食べていると、ジーンがいきなりこう言いました。
「来週はローストポークにするわね」
へえ。それも美味しそう……って、うん?
来週、は?
キョトンとする私に、ジーンは真顔でキッパリとこう宣言しました。
「ジャックと相談して決めたの。何か他に予定がない限り、毎週日曜日にうちに来なさい」
「え?」
「やっぱり、女の子がブライトンで一人暮らしをするなんて聞いて、これっきりにはできないわ。ねえ、ジャック」
美味しそうにケーキを頬張りながら、ジャックもうんうんと重々しく頷きます。
「そうだ。うちに置いてやることはできないが、うちで飯を食わせることはできる。一週間にいっぺん、無事を確認しなきゃ気が落ち着かねえだろう」
ジーンとジャックが、そんなにも私のことを気にかけてくれていたなんて。
私は仰天してしまいました。
こうしてサンデーディナーに一度、招いてもらえただけでもありがたいことなのに。
縁もゆかりもない私に、毎週、ご馳走してくれようなんて、あまりに太っ腹な、そして親切な申し出です。
「どうしても嫌なら仕方がないけど……」
「いえ、嫌なんかじゃないです! あの、でも、いいんですか?」
「私たちが来なさいって言ってるのよ。あなたももう、我が家の子供たちのひとりなんだから。ねえ、ジャック」
「そうだ。俺の娘だ。名前ももう覚えたしな、チャーリー」
「チャズ!」
ジャックの間違いをただすべく、ジーンと私の声が綺麗に重なります。
なんだか……なんだかそれが、心まで重なっている証拠のようで。
「ホームステイはごめんだ」なんて言っていたくせに、自分がこの国に来てからずっと、どれほど心細かったかを思い知ります。
異国で優しくしてくれて、頼れる人ができるというのが、こんなに嬉しく、心強いことだなんて。
「ありがとうございます。ローストポーク、楽しみです」
私がペコリと頭を下げてそう言うと、ジーンとジャックは顔を見合わせ、満足そうにニッコリしてくれました……。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。