椹野道流の英国つれづれ 第20回

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「とても評判のいい、学校の信頼が篤いご夫婦だった。留学生からも、悪い話を聞いたことは一度もないよ。君のことも、知り合ったからには面倒を見てやりたいと思ってくれたんじゃない?」

「うん、そうみたい。せっかくいらっしゃいって言ってもらったから、なるべく行こうと思うんだけど、正しいかな?」

私が問いかけると、ボブは「勿論!」と、励ますように言ってくれました。

「行くべきだ。だって君、ホームステイをしないってことは、この国の家庭を知る機会がないわけだから」

「うん」

「まあ、そのうち僕の家にも遊びにおいでよって言うつもりではいたけど、僕は特に友達じゃない人とフラットシェアして住んでる独り者だから、『家庭』はないしね。いいチャンスを貰ったんだ。君のためになる。是非行くといい」

心から言ってくれている証拠に、喋るスピードがどんどん上がっていきます。これ以上早口になると、私には聞き取るのが難しいほどに。

「オーケー、わかった。行く。でも」

私はボブの励ましをありがたく受けとり、ついでにまだあった懸案事項も打ち明けてみました。

「食費を払いたいって言ったら、きっぱり拒否されちゃって。一応、手土産は持っていくつもりなんだけど、それでいいかな。お花とか、ケーキとか、そういうの」

「十分だよ。勿論、お金は物事をクリアに、そしてクリーンにしてくれる。でも同時に……何て言ったらいいかな。君にもわかるような表現にするからちょっと待って」

ボブは短い金髪を片手で撫でつけながら少し考え、そしてこう言いました。

「お金(money)は、ときに親切(mercy)を職務(duty)にしてしまう」

ボブ、そういうとこよ。

そういうところに、出さないようにしているっぽい育ちの良さと教養の高さが出ちゃうのよ。

ほんの数十秒で、バキバキに韻を踏んできた彼のセンスに感動しつつ、でも真剣にとらえるべきはそこじゃない。

確かに。

お金を払うと言ったことで、私はせっかく優しくしてくれたジーンとジャックとの間に、何かきっぱりした線を引こうとしたと感じさせてしまったかもしれません。

それは誓って警戒などではなく、単なる遠慮だったのですが、むしろ彼らの親切に対して、失礼な言い草だったのかも。

そう思うと、急に気持ちが落ち込んで、私は「あああ~」と奇声を発しながら顔を覆ってしまいました。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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