椹野道流の英国つれづれ 第27回
その夜……。
午前0時が近づくにつれ、私の心臓はバクバクし始めました。
いやもう、今さらです。わかってる! でも、部屋の外で話が終わっていると思い込んでいたからこそ、私は怪異に「慣れる」ことができたのです。
最後の砦である内扉を、知らないうちに突破されていたかもしれないと思うと、それだけで動揺はいや増し、恐怖もリフレッシュされます。いやだー。
屋根裏に干していた流木がいい感じに乾いたので、今夜はいつもよりしっかりと、暖炉の火を燃やしています。
何となく、火は妖しが恐れるもの、というイメージがあるので、せめてもの防備です。
昼間、「見えない、危害を加えてこない幽霊は、いてもいなくても同じこと」という考えを、ボブとグロサリーの奥さんのふたりから似たような言葉で表明されたものの、やはり当事者としては、受け入れ難く。
大人しく去ったと思っていたものが、実はすぐ近くに来ていたかもしれないと思うと、背筋がぞわぞわっとします。
入ってきているなら、出て行ってもらわねば、私の心の安寧がピンチすぎる。
でも、どうやって? そもそも、幽霊と意思の疎通は可能なの?
考えても仕方のないことを考えていたら、ついに今夜も聞こえてしまいました。
もうすっかり耳慣れた、外扉を解錠する音が。
次いで、外扉を開ける音。
ゆっくりと階段を上がってくる、あの固くて重たい靴音。
ああ……。
鼓動が激しすぎて、口から心臓が飛び出してきそうです。
そして……そして。
コンコン……コン!
内扉のノックが、今夜も3回。
最後の1回がちょっと大きな音に感じられたのは、気のせいでしょうか。
いやもう、どうなの? いっそ「お入り!」って言ったほうがいいの?
やだやだ、そんなの言いたくない。幽霊なんて、招き入れたくない。
でも、黙って入られるのは……もっと嫌、かもしれない。
ノックの音を最後に静まりかえった部屋の中で、私はただただ狼狽えていました。
少しでも火の傍にと思い、暖炉の真ん前に陣取ったせいで、背中がチリチリと焼けるようです。それなのに、血の気が引いて、顔と指先はヒヤヒヤします。
唯一の武器、火かき棒は、すぐ手が届くところに立てかけてあります。
うう、緊張し過ぎて気持ちが悪い。
もしかして……もしかしてもう、幽霊は扉をすり抜けて、この部屋の中にいるのだろうか。
あるいは、私のすぐ隣に……。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。