椹野道流の英国つれづれ 第30回
「なんかね、うちの下の板金工場のおじさんが言うには、昔、うちが消防署だった頃に勤めてた消防士の幽霊だろうって。だから、毎晩出勤してきて、当直勤務してるんじゃないかって言うんだよね」
「あ、それ聞いた! 面白いよね~。幽霊の夜勤! で、仕事してんの?」
「仕事……は、してないと思うけど、あ、でもね。ほんとに消防士の幽霊っぽいと思ったことはある」
「なになに!」
ジーンとジャックは、若い女の子ふたりが打ち解けてきたのが嬉しいようで、ニコニコしながら耳を傾けています。ただ、食事が進まないのが不満な様子で、ジーンは、私とクリスのお皿に、おかわりのお肉とローストポテトをほいほいと入れてきました。
確かに、せっかくのご馳走が冷めてしまうのは申し訳ない。私は、もぐもぐと食べながら話を続けます。
「火の始末にうるさい」
私の言葉に、クリスだけでなく、ジャックも噴き出しました。
「おいおい、何だそりゃ」
「暖炉に火を入れたまま、ソファーでうたた寝しちゃったりすると……」
「すると? 火を消してくれるの?」
クリスは待ちきれない様子で、私の拙い英語を自分の北欧風英語で補足してくれようとします。私は首を横に振りました。
「ううん。火は消せないみたい」
「消防士なのに!?」
「幽霊だからじゃないかなあ。だから代わりに、私の頭の下から、クッションを引っこ抜いて床に投げちゃう」
私の表情からその光景を想像したのか、3人は大笑い。
「笑いごとじゃないんだってば。死ぬほどビックリしたんだから! あと、暖炉でお芋を焼いているとき、うっかりそのことを忘れてたりすると、キッチンで缶切りとかを落として、音で教えてくれる」
クリスはまだ肩を震わせながら、「親切じゃん!」と言いました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。