椹野道流の英国つれづれ 第41回

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ブチーン!

頭の中で、ギリギリまで引き絞られたぶっといゴムバンドがちぎれたときのような音が聞こえました。

脳のチャンネルが、その瞬間に切り替わった。

そうとしか思えません。

昭和の親なのでやむを得ないところはあるのですが、何かあれば体罰で押さえつけられてきて、感情を露わにすることを極端に恐れていたはずの私が。

気づけば、両手でテーブルを思いきり叩き、英語で「嘘つかないで!」と叫んでいました。

行員は、目を丸くして軽くのけぞっています。

え、嘘でしょ、これ私……? と心の私が驚く中、リアルの私は、これまで出したことがない大声で、しかもビックリするほど早口の英語で、まくしたてていました。

「10日でキャッシュカードと通帳ができますよって約束してくれたのに! 銀行が嘘つくなんて信じられない! 来月なんて待てない。今、日本からのお金が受け取れないと、私、家賃が払えない! お肉はずっと前から買えてない! パンもジャガイモももう買えなくなっちゃう。嘘つき! 飢えて死んじゃう! 死んじゃうんだから!」

両目からは涙がボロボロ零れ、視界が滲みます。

ばんばんと、メトロノーム代わりにテーブルを叩き続ける手のひらは、熱くてパンパンに膨らんでいる気がします。

それでも、銀行にいるすべての人の視線が私に集まっているのを感じましたし、「まいったな、俺のせいじゃなのに」みたいな顔つきをした行員が、入り口に立つ警備員に手振りで合図をしたのも見えました。

私は何も悪くないのに、つまみ出されちゃうわけ? そんなことってある?

でもそのとき、穏やかな声が聞こえました。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

作家を作った言葉〔第30回〕真下みこと
◎編集者コラム◎ 『忠臣蔵の姫 阿久利』佐々木裕一