椹野道流の英国つれづれ 第5回
やがて静けさの中でゆっくりと手を下ろすと、私はまたひとりぼっちでした。
寂しい。めちゃくちゃ心細い。
なんとなれば、宿を出る前より不安でいっぱい。
さっきまで賑やかだっただけに、孤独が必要以上に突き刺さってきます。
しかーし!
三人の老婦人、そしてなんだかんだ言っても親切な運転手さんのおかげで、目的地は目の前です。
こんな幸運、望んでも得られるものではありません。
うんと感謝して、前進、もとい訪問あるのみ!
運転手は、「あんたの行く家は、道路を渡った向こう側にあるはずだよ」と、最後に早口で教えてくれました。
ふむふむ、向こう側。
ありがたいことに、家々のポストや門扉、あるいは家の壁面には、必ず番地を記したプレートが掲げられています。
目指すお宅の番地は、おうちの壁面にすぐ見つかりました。
両側に並ぶ家々に比べると、何だかとても小さな一軒家です。かわいい!
急勾配のスレート葺きの屋根、ちょこんと飛び出した煙突、煉瓦の上から漆喰を被せたらしき壁面、白い窓枠の出窓、レースのカーテン。
これは、幼い頃から私の心にずっとあった、イギリスの田舎のコテージだー!
道路沿いに置かれた無骨なポリペールと、やや古そうな自動車だけは現代のアイテムですが、それ以外はまるっと絵本の世界そのものです。
さっきまでの不安はじわっと薄れ、腹の底から興奮が湧き上がってきました。
こんな素敵なおうちに暮らしている人たちは、やはり素敵な人たちに違いない。
単純な私は、そう確信したのです。
家は道路よりずいぶん低いところに建っていて、下りて行く道は、いかにもDIYみのある、石と土で造った階段になっていました。細い階段の両側には色々な植物が植え込まれていて、木立は自由過ぎるほどにそこここでこんもり茂っています。
さっき、応対してくれた電話の声の優しさを思い出して、私の中で、ますます期待が膨らんできました。
どんな人たちに会えるんだろう。
私は軽やかな足取りで、段の高さに微妙なばらつきのある階段を駆け下りました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。