椹野道流の英国つれづれ 第7回
白い、ちょっと波のような模様がつけられた漆喰の壁。
ココア色の太い木の梁や柱。
他の、やっぱり古ぼけた椅子の上にざっくり畳んで置かれている、タータンチェックの膝掛け。
コーヒーテーブル代わりに置かれている、古い木箱。もしかしたら、昔、毛布や嵩張る衣服を入れていたという、ブランケットボックスという奴かもしれません。
木箱の上には、真鍮製の灰皿とレース編みの素朴な敷物。
ああ、何もかもがクラシックで、まるで物語の世界に入り込んだようです。
完璧やん。
まさか、こんなお家に、しかも観光施設ではなく、普通に一般の人が暮らしている住まいにお邪魔できるなんて。
友人、たとえ何週間かでも、こんな素敵なおうちにホームステイしていたんだ……と思うと、羨ましさがこみ上げてきます。
うっとりしていると、キッチンのほうから声が聞こえてきました。
「ねえ、お茶より、お昼がまだよね? 私も食べようと思っていたところだから、用意するわね。もう少し待っていて」
ああ、そうか。先方の指定とはいえ、昼時の訪問なので、気を遣わせてしまったようです。
これが日本なら、即座に「お気遣いなく!」と辞退したことでしょう。何しろ、初めてお邪魔したお宅、しかも私は、友人からのプレゼントを届けにきただけなのですから。
でも、それを英語でどう言えばいいのか、皆目見当がつきません。
私がイギリスに来て、妙に思いきりよく、厚かましくなったのは、このせいです。
英語で遠慮深い発言をするための語彙の持ちあわせが、ビックリするほどない!
唯一知っている、〝No, thank you〟は、あまりにもフランク、そして直接的すぎて、こういうときにはふさわしくないのでは……という気はします。
でも、他にどんな風に言えば、相手を傷つけず、失礼にもあたらないよう、礼儀正しく感じよくやんわりとお断りできるのか。
それがわからないので、結局、〝Thank you!〟と、ご厚意をありがたく受けることしかできなかったのです。
そのときの私も、そうでした。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。