楠谷 佑『無気力探偵』◆熱血新刊インタビュー◆
プリミティブな欲望

ライト文芸のシーンで活躍していた楠谷佑が、一般文芸に初進出したのは『ルームメイトと謎解きを』(2022年)だ。続く『案山子の村の殺人』(2023年)は2度にわたって「読者への挑戦状」が挿入されたまごうことなき本格ミステリーで、年末のランキングでも上位入りを果たした。
「それまでは文庫書き下ろしで、キャラクター小説色の強い作品を発表していたんですが、ミステリーであることにはずっとこだわってきました。単行本デビュー作の『ルームメイトと謎解きを』も、それまでと書き方を変えたわけではなかったんです」
実は、同作は当初、文庫書き下ろしで刊行される予定だった。
「キャラクター文芸のレーベルで出す長編をという依頼だったので、じゃあ本当に好きなキャラクターを書くからねと思って書いたのが、全寮制男子校を舞台にした『ルームメイトと謎解きを』でした。原稿をお渡ししたら、やっぱりこれは単行本にします、となったんです」
ライト文芸から一般文芸へと、本のカテゴリや届け方が変わっただけだったのだ。しかし、その一手でミステリー作家としての注目度が一躍高まり、さらには意外な声が作家の耳に聞こえてきた。
「ミステリー界の方から、フーダニット、ロジック、消去法推理などを評価していただきました。〝今どき驚くほど古風なミステリー〟と言っていただくことも多かったんです。僕にとっては〝えっ、これ普通じゃん〟と、〝これがミステリーじゃん〟と思ってずっと書いてきたんですが、意外と珍しかったみたいなんですよね」
楠谷佑作品の魅力の一つにロジックで詰めていくフーダニット(犯人当て)がある。
「ミステリーは本当に幅広くて、それこそ僕は『古畑任三郎』とかも好きなんですけど、あれは倒叙ミステリーなので、犯人当ての要素はまったくないですよね。大仕掛けな物理的トリックを見せるためのミステリーもあり、連城三紀彦みたいに動機の部分をとことん掘り下げるようなミステリーもある。最近だと、特殊設定ミステリーが流行っています。そういう作品ももちろん大好きなんですけれど、僕が推理小説を読み始めるよりも前に、まず好きになったのがアニメの『名探偵コナン』だったんです。兄弟で一緒にアニメを見て〝犯人はこいつじゃないか?〟と言い合うのが、本当に楽しかった。犯人当てこそが僕にとって、ミステリーの一番プリミティブな喜びなんです」
〝推理してくれる人がいる〟という実感
一般文芸進出後とそれ以前との「変わらなさ」を知るうえで、この作品はうってつけだ。2016年に文庫で刊行されたデビュー作『無気力探偵』が、加筆修正を施し、書下ろしの番外編も追加して「完全版」として単行本リリースされた。
「読み返してみて自分でも思ったのは、ミステリーとしてやりたいこと、大げさに言えば美学みたいなものは当時も今も全く変わっていないですね。『無気力探偵』ではいろいろなバリエーションの謎を自覚的に扱っているんですが、すべてのエピソードに犯人当ての要素が多かれ少なかれ含まれている。自分が面白いと思うミステリー、書きたいミステリーを書いていったら自然とそうなったんです」
口癖は「早く家に帰りたい」「面倒くさい」。高校2年生の霧島智鶴は頭脳明晰で謎解きに定評があるものの、やる気のない名探偵だ。ところが、友人やら刑事やらのちょっかいで、半ば無理やり事件解決に駆り出されてしまい……。第1巻は『無気力探偵 ~面倒な事件、お断り~[完全版]』、第2巻は『無気力探偵2 ~赤い紐連続殺人事件~[完全版]』(2025年6月16日発売)。基本は一話完結の短編ミステリーだが、各巻ごとに大きなドラマも仕掛けられている。
驚くべきことに、オリジナル版の刊行時、著者は高校生だった。
「文芸部の友達に『小説家になろう』という投稿サイトがあるよと教えてもらって、じゃあ載せてみようという軽い気持ちでウェブ連載を始めたのがきっかけでした。ありがたいことにぽつぽつと読んで下さる人たちがいたんですが、高校2年生の夏頃急に閲覧数が増えて、『推理』のジャンルで日間ランキング1位になった瞬間もありました。〝これ、なんだろう?〟と思って調べたら、ウェブ小説の世界であまり知られていない作品を発掘する、スコッパーと呼ばれる方たちがどこかで紹介してくださったみたいなんです。それから半年ぐらいは普通に連載を続けて、完結後にマイナビ出版さんにお声がけいただき、本を出したのが高校3年生の時でした」
ウェブ小説を連載していた経験は、通常の新人賞ルートではなかなか経験できない喜びを書き手にもたらしたという。
「ウェブでの連載中に、例えば〝このダイイング・メッセージの意味はこうじゃないのか?〟という推理を感想で書く人がいらっしゃったんです。自分の書いたミステリーをちゃんとミステリーとして扱って、推理してくれてる人たちがいるという現実は、嬉しかったですし励みにもなりました。今思い返すと〝推理してくれる人がいる〟という実感を持てるのって、決して当たり前のことではないですよね。そこで〝推理してもらえるミステリーを書きたい〟と思ったことが、自分なりの美学に繫がっていったのかもしれません」
犯人探しって、みんな好きじゃないですか
『無気力探偵』の中で特にお気に入りの短編を、各巻ごとに聞いてみた。
「1巻は、『第二章 割に合わない壺のすり替え』です。古美術商の家で盗難事件が起きているという導入で、高校生探偵の智鶴くんが頼まれて調査に行ったら、庭師の男性が襲われ、蒐集品の壺が割られるという事件が起こる。その時、敷地内にいた家政婦とか美術品修復士とか、学芸員みたいな人たちが容疑者になるというまさに犯人当ての話です。犯人を絞り込むプロセスというか、ロジックの部分が一番のお気に入りポイントですね。この人は犯人ではあり得ないという論証で5人の容疑者から1人ずつ消していって、残った1人がその犯人である、となる」
その際、推理を決定付けるのはとある「リスク」への注目なのだが……そこは読んでのお楽しみ。
「『無気力探偵』はウェブ版では13ぐらいのエピソードを並べていたんですが、その中には犯人の失言からその犯人を特定するというエピソードも含まれていました。シンプルなところで言うと、刃物で刺殺された人がいて、凶器が見つかってないのに〝凶器の包丁〟みたいなことを言っちゃった人が犯人だというのが失言ネタで、これって犯人当てとしては一番イージーレベルのアイデアなんです。そういうネタではなくて、探偵役が状況から論理で推理する、これが一番ミステリーとしてかっこいいだろう。それができた、という手応えを得ることができたのがこの話でした」
第二巻は、「第一章 世にも奇妙な交換殺人」がベスト。
「高校生探偵の智鶴くんのもとに刑事さんが持ち込んできた事件で、市内で二人の男性が別々の場所で殺される。証拠物件から、これらの事件は相互に関係している交換殺人であるということが判明するんですね。じゃあ誰がということで犯人探しが始まっていくという流れなんですけども、最終的に現れてくる事件の構図には意外性があるというか、あまり類例のないネタが作れたんじゃないかと思っています。事件の構図と、ある気づきから、どうやって犯人を特定していくかというロジックの流れも気に入っていますね」
これからもプリミティブな欲望に忠実な、クラシックでありながら新しいミステリーを書き続けていってほしい。
それにしても──フーダニットは、なぜこんなにも胸をワクワクさせるのだろう。
「みんな名探偵になりたいのかもしれないですね。もしくは、人間の暗い欲望を満たしてくれるものなのかもしれません。SNSなどを見ていても、犯人当てというか犯人探しって、みんな好きじゃないですか。現実の社会における〝犯人探し〟は不当に誰かを傷つける可能性がありますから、軽率にやるべきことではありませんが、ミステリーの中であれば、純粋な楽しみとして犯人探しができる。それは、ミステリー特有の面白さなんじゃないかなと思うんです」
楠谷 佑(くすたに・たすく)
1998年、富山県富山市生まれ。埼玉県在住。高校在学中に、『無気力探偵 ~面倒な事件、お断り~』で商業出版デビュー。 著書に、「家政夫くんは名探偵!」シリーズ、『ルームメイトと謎解きを』『案山子の村の殺人』がある。