書店「文喫」のブックディレクターが語る、文喫の“選書”

2018年12月、六本木にオープンした“入場料金制”の書店・文喫。話題の書店のブックディレクションを担当されたおふたりに、「文喫の選書」をテーマにお話をお聞きしました。

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2018年12月、六本木・青山ブックセンター跡地に誕生した書店「文喫」1,500円(税別)の入場料を支払わないと入れないという新しい形が話題になり、オープン当初から注目を集め続けています。

店内には約3万冊の本が並び、本を読みながら飲食を楽しむことも可能。ひとりで本を吟味するための「閲覧室」や、複数人での打ち合わせなどが可能な「研究室」も用意されています。一度入れば、時間を気にせずに本とじっくり向き合うことができる空間になっています。

……とはいえ、本好きの方が書店に足を運ぶとき、もっとも気になるのはどんな本が置いてあるかではないでしょうか。空間がいくらお洒落で快適でも、興味のない本しかないのなら行かない、という方も多いはず。

今回はそんな、気になる書店・文喫のブックディレクションを担当された文喫六本木 副店長の林 和泉さんと運営会社である日本出版販売の有地 和毅さんに、文喫のコンセプトや選書をテーマにお話を伺いました。記事の後半では、文喫でしか出会えないおすすめの本という切り口で、実際に10冊の本を選書・紹介してもらいました。

「本と出会うための本屋」、文喫が生まれるまで

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(文喫のブックディレクションを務める林 和泉さん)

──まず、「文喫」という店名はどのようにして生まれたんですか。

林 和泉さん(以下、林):「文喫」は、新しいスタイルの書店を作ろう、というミーティングの中で生まれた店名です。文喫という言葉には「文化を自分の中で噛み砕き、肉体にしてほしい」という意味が込められているのですが、最初にこの名前があって、「じゃあ、この言葉にふさわしいのはどんな空間だろう?」というところからコンセプトを深めていった形ですね。最終的にたどり着いたのが、現在掲げている“本と出会うための本屋”というコンセプトです。

──では、入場料制、というのもその際に決まったのでしょうか。

林:そうですね。会員制にしてはどうかという案も出たのですが、会員しか入れないというハードルを最初から設けてしまうのは違うのかな、と。入場料制というのもある種ハードルではあるのですが、「お金を払えば入れるなら、1回くらいは行ってみようかな」と思ってくださった方がふらっと来てくださるようにしたかったんです。

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(同じく、文喫のブックディレクションを務める有地 和毅さん)

有地 和毅さん(以下、有地):文喫は基本的には有料ではあるのですが、店内に入ってすぐのところにある企画展と雑誌棚のエリアは、無料でどなたでもご覧いただけるようになっています。入り口からお店の奥に入るに従って、しだいに本との関係が深まっていくというスタイルになっているんです。

入り口近くにある企画展のエリアは、いわば“出会い”。その向かいにある雑誌棚のエリアは、1冊ごとに裏側に棚があって、扉を開くことで、関連する書籍も見られる仕掛けになっています。

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(店内の雑誌棚の一部。1冊の雑誌が置かれている棚の蓋を開くと、その雑誌のテーマをより深く知ることができる複数の書籍が収納されている)

さらに進むと、本が並ぶ「選書室」に入ってじっくりと本を探していただき、もっとも関係が深まった本を最後に購入していただく、というコンセプトです。

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(3万冊の本が並ぶ選書室エリアの一部。ジャンルで分けられた棚の他に、さまざまな本がテーマに添って平積みされている机も)

──面白い仕掛けですね。ところで、通常、書店に置かれている本は委託販売(※返本が可能な委託という形で仕入れられる)が多いと思いますが、文喫では版元からの「買い切り」の形をとられているんですよね。

有地:文喫は飲食物を扱っていることもあり、返本できる形式にしてしまうと、仮に本が汚れてしまったときにどうするかという懸念点があって。やっぱり新しいスタイルの書店なので、そういった懸念は一度すべて払拭した状態でやってみたいという思いがあり、買い切りという形にしました。

──同じ本は1タイトルにつき1冊しか置かない、というのも書店では珍しいと思うのですが、これはどうしてですか。

林:入場料制ということもあり、一度に店内に入れるお客さまの人数がある程度限られているので、同じ本を何冊も置いておく必要がないんですよね。それから、1タイトルにつき1冊であるからこそ、物理的にたくさんの種類の本を置けるというのも大きいです。文喫の中では、自分が読んでいる時間は他の人がその本を読めない、というのもちょっと特殊で面白いかなとも思います。

──たしかに、いまお店の中でこの本を手にとっているのは自分だけだ、と思うとちょっとワクワクしそうですね。

林:新刊って1日に約200冊のペースで発売され続けていると言われているのですが、本来は人の趣味嗜好って、そのくらいバラバラなはずなんですよね。だから、できるだけバラバラな、その人の趣味嗜好に合った本に出会っていただきたいな、と思っていて。
文喫では、ベストセラーの本も20年前に出版された本も新刊もすべて同率に並べるようにしているので、その中でお客さま自身が能動的に本を選ぶという体験を楽しんでくださったら嬉しいなと思います。

“次の一手”が見える選書

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──文喫に置かれている3万冊の書籍は、林さんと有地さんおふたりで選書されたんですか?

有地:そうですね。基本的には僕たちふたりが中心となって選びました。最初にざっくりとジャンルを分けて、たとえば美術のジャンルであれば日本美術、西洋美術……などと分類していって、その中から分担して選書を進めていったという形です。

──特に力を入れられたジャンルや、逆に「これは置かない」と決められているジャンルはありますか?

林:あえて置かない、と決めているジャンルはないですね。できるだけ網羅的にしようというのは意識しています。

“食”や“デザイン”、“建築”に関する本は、六本木という土地柄もあってか人気が高いので、他のジャンルよりも少し厚めにしています。もともとこの場所にあった青山ブックセンターさんでも、食に関する本はよく売れていたと聞いています。

有地:個人的に注目してほしいジャンルは、“旅行書”ですね。ガイド本のようなものはあえてセレクトせずに省いているのですが、「この土地を巡ってみたい」と思ってもらえるような本をさまざまな角度から選びました。その土地に滞在するときに読みたい小説や、その土地のことをより詳しく知ることができるような本、なども選んでいます。

たとえばパリにまつわる旅行書の棚には、パリを舞台にした小説『地下鉄のザジ』(レーモン・クノー)や、パリの文化の中心地であったサンジェルマン=デ=プレ界隈のジャズミュージシャンの本なども置いています。知らない土地に旅行したときって、少しでもフックとなるものがないと、どうしても有名な観光地や行き慣れたチェーン店に入ってしまうと思うんですよね。だから、その土地の文化について知ることができる本が“旅行書”としてあると面白いかな、と。

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(文喫では、希望のテーマやジャンルなどの詳しいヒアリングをおこない、スタッフがユーザーに合わせたセレクトをする選書サービスも実施している ※来店の3日前までに要問い合わせ)

──なるほど。選書をするにあたって、特に意識されたことはありますか?

有地:もちろん、「この作家ならこの作品は外せないな」、「このジャンルであればこれは外せないな」というものは意識して入れています。選書にあたっていちばん大事にしたのは、文喫のユーザーが、本と出会う中でしだいに本との関係を深めていけるようなセレクトにするということです。たとえば、あるジャンルの入門書を読んだ方が次はもう少しハードな本に手を伸ばせて、その次はさらにハードな本に手を伸ばせる……といった、“次の一手”が見えるような選書にしています。

林:オープン時の選書は2ヶ月くらいの時間をかけておこなって、最終的にはお互いすべての本に目を通したのですが、なかなかしんどかったですよね(笑)。

有地:大変でしたよね。当たり前なんですが、選書している最中にもどんどん新刊が出てくるというのが本当に怖くて(笑)。新刊が出ると、その本と照らし合わせたときに、同じジャンルについて書かれた20年前の本が本当に古く見えてしまうこともあれば、逆に新刊が出ることによって既刊があらためて注目を浴びることもあります。

だから、どれを選ぶべきか考えるのは、すごく楽しい反面苦しい作業でしたね。ただ、さまざまな角度から本を検討したので、選書にはもちろん自信があります。

書店員はよく「お客さまのほうが本に詳しいと思え」と教えられるんですが、それは本当にその通りだと思うんです。だから、「この本はないの?」というお客さまの意見はどんどん聞いていきたいですね。最初の選書ってあくまで入り口でしかないと思うので、お客さまや他のスタッフなどの複数の視点を入れつつ、どんどんアップデートしていければと思っています。


(次ページ:ブックディレクターのおふたりが、「文喫でしか出会えない10冊」をセレクト)

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