源流の人 第43回 ◇ 尾辻󠄀あやの(イエローページセタガヤ店主)

源流の人 第43回 ◇ 尾辻󠄀あやの(イエローページセタガヤ店主)

若者に人気の街の「八百屋」がつなぐ農家と人と野菜の現在と未来

 東京・世田谷の一角にある八百屋「イエローページセタガヤ」は、山梨県の有機野菜を中心に直送された目にも鮮やかな野菜が並ぶ、いわば野菜のセレクトショップ。店主を務める辻󠄀つじあやのは、「見る・知る・食べる」で楽しむ旬野菜とレシピの本を上梓して話題を呼んでいる。尾辻󠄀がめざす農業と人、野菜とのかかわりとは何なのか。
取材・文=加賀直樹 撮影=松田麻樹

 ある葉桜の日、東京・三軒茶屋駅から世田谷線にコトコト揺られ、今、若者に人気の松陰神社前駅へ。個人経営の多い落ち着いた雰囲気の商店街を抜け、世田谷通りを歩くうちに、キッチュなネオンが目を引く八百屋が見えてきた。

「イエローページセタガヤ」

 ちょっと変わった名前の八百屋の店内には、小松菜の菜の花や、根パセリなど、あまり見慣れない春野菜が目に留まる。店主の尾辻󠄀あやのが、笑顔で出迎えてくれた。

「じつは今の時期は、とにかく1年で一番野菜がない時期なんです。もう苦しいです。本当に早くあと1か月ぐらい経たないかなって、毎年思っています」

尾辻󠄀あやのさん

 ……それにしても、「小松菜の菜の花」なんて初めて見ました。そう正直に告げると、尾辻󠄀は快活な口調でこう教えてくれた。

「白菜、大根。アブラナ科系の植物の花が咲くと全部、菜の花になるんです。皆さんがイメージされる菜の花は『ナバナ』と言って、菜の花の中の1品種。小松菜も花が咲きます。植物なんで、ほっとけばみんな咲きます(笑)」

 小松菜の菜の花は、柔らかい。おひたしや、炒め物にすると、花からちょっと香ばしいにおいがする。美味しい野菜なのに、一般流通はほぼしない。尾辻󠄀が選びぬき、探しあてた、名うての契約農家から取り寄せている。この日はほかに、旬の季節ではないものの、同様の契約農家のぴかぴかのナスや、ピーマン、きゅうりが並んでいる。

「イエローページセタガヤ」に並ぶ野菜の多くは、山梨県の北端、北杜市から取り寄せている。北杜の有機農家は、年間100~120種類を栽培している。北杜から世田谷へ野菜を運んでくれるのは、尾辻󠄀の仲間で、かの地で農業全般を支援するメンバーだ。冷蔵便でコンテナごと野菜を運ぶのだという。

 ただし、北杜の野菜が並ぶのは4月から12月まで。それ以外の時期、つまり真冬から春にかけての時期は、東京からそう遠くない、尾辻󠄀がほれこんだ契約農家から、宅配便で届けられる。午前着で荷物が届くと、狭い店内は野菜と段ボールでごった返しになる。尾辻󠄀は語る。

「コンセプトは、すべての野菜を揃えているのではない、セレクトショップ。結果的に、そうなってしまいました」

イエローページセタガヤ店内

 有機栽培オンリーを押し通すと、季節のものしか並べられない。本来は春の時期、ナスやピーマンは育たない。八百屋の場合、こだわりを通すと、偏りが出てしまう。普通の青果店では、家庭で使われるものを一通り揃え、安定的に供給している例がほとんどだが、「イエローページセタガヤ」では、流通システム的に、大量に仕入れることができない。

「それなら、好きな、気に入ったものしか置きたくない。私たちにできるもの、ここでできるもの、やりたいもの。そうすると、セレクトショップになったって感じです」

 北杜から野菜を取り寄せられない時期、あるいは、北杜ではそもそも育てていない野菜がほしい時――。尾辻󠄀が手に取るのは、スマートフォンだ。インスタグラムを駆使し、専業農家をひたすら探していく。アスパラやキノコ、ブロッコリー、柑橘。「有機農業」「オーガニック」「無農薬」などのタグで検索し、ほしい野菜をピンポイントで検索し、農家の雰囲気をつかんでいく。

イエローページセタガヤ店内

「片っぱしから投稿を見ていくんです。良いな、と思った農家さんの投稿は、最初まで遡ってすべて見ます。いつ、何をどんなふうにどのくらい作っているか、日付とともに確認できるから」

 インスタグラムのアカウントがある農家は、同世代であることが多く、共感できる思いもまた多い。それぞれの農家の栽培方法やこだわりについて、画面から窺い知ることができる。尾辻󠄀は嬉しそうに語る。

「『素晴らしい伊予柑が余っているので、よかったら』と連絡があり、おいしい柑橘農家さんに出会えた例もありました」

「八百屋をやりたい」と思った瞬間

 大学を卒業後、PR関連やNPOなどの職場で働いてきた尾辻󠄀にとって、「八百屋をやりたい」と思うきっかけとなった決定的な出会いがある。

「野菜を売るヘンなみせを見つけたんです。ゲリラ的に、三茶(三軒茶屋)のパチンコ店の前でやっているお店でした」

 いろいろな野菜が並ぶなか、ある野菜に目が留まった。尾辻󠄀は振り返る。

「株付きのフェンネル、フサフサしたマニアックなハーブ。スーパーに行くと、上だけ切ってパックで売っているんですけど、それが株ごと置かれていたんです」

 株付きのフェンネル。尾辻󠄀は初めて目にした。

「絶対売れないんですよ、そんなの。アーチチョークとかも置いているんですけど、一般の人はほぼ買わない。でも、面白いと思った。それで仲良くなったら、売っていたその人は、元々フレンチの有名シェフで、辞めて八百屋になった人でした。『ああ、こんな面白い人がいるのか』と」

尾辻󠄀あやのさん

 尾辻󠄀自身、前職のNPOではケータリング事業も手掛けていた。さっそく元シェフの八百屋から野菜を仕入れるように。ある時、尾辻󠄀自身も、期間限定で野菜を売る機会を得た。尾辻󠄀は振り返る。

「八百屋を職場の軒先に置いてみたんです。そうしたら、それまでは話しかけてもこなかった街の人が話しかけてくれるようになって『すごい来るじゃん!』って」

 そうか、八百屋を置くと人の流れが変わるのか。この時、尾辻󠄀は、「八百屋が持つ機能」を発見した。

 老若男女、客を選ばない小売りであること。
 スイーツ店のように、あまり性別を選ばない店であること。
 離れた場所からでも、そこが野菜を売る店だとわかること。

「野菜は100%、子どもも、おばあちゃんも、若い子もわかる。本当に全員わかる。野菜に関わらないで育つ人はいない。商売としてすごく面白い機能だと気がついたんです」

 野菜は毎日必ず食べるもの。野菜はもはやインフラだ。
 決めた。八百屋になる。

 そして尾辻󠄀が向かった場所がある。山梨・北杜だった。

北杜で生まれたつながり

 八ヶ岳連峰と、甲斐駒ケ岳から連なる南アルプスを見晴るかす、「山紫水明の里」とうたわれる山梨県北杜市。清涼で豊かな水が流れ、高原性の気候に恵まれ、日照時間の長さは日本一といわれる。

 そもそも東京生まれ、東京育ちの尾辻󠄀が、ここ北杜と関わるようになったのは、大学時代の友人が、この地に暮らしているからだった。昔、尾辻󠄀が仕事で行き詰まった時、尾辻󠄀を誘ってくれて初めて訪れたのが、北杜との出会いだった。

「『魔女の宅急便』、ご覧になったことあります? ウルスラの部屋のような、ああいう感じです。(友人は)もう結婚して、子どももいたんですけど、ウルスラの様に絵描きの子で。すごく気持ち良くて、休みのたびに遊びに行くようになりました」

尾辻󠄀あやのさん

 当時、結婚も独立もしていなかった尾辻󠄀が、その友人から「紹介したいパン屋さん夫妻がいる」と言われ、紹介されたのが、「野菜パンの店 ド・ドウ」。野菜ソムリエプロで、店主の野田敬一氏、ひろみ氏。地元では知らない人のいない人気店の夫妻だった。

「野田夫妻は、パン屋さんのほかにも、若者の居場所づくりや、農家さんをまとめるなど、多彩な活動をされている方です。とても尊敬できる夫妻です」

 八百屋をやりたい、尾辻󠄀がそう思い立った時、まず相談したのは野田夫妻だった。一人ひとりがつながれば、面白いことをやる人たちがどんどんつながっていく。北杜には有機農業にいそしむ農家も多いし、どこかアート的な香りのする人もいる。移住者も多く、どこか開放的なところが北杜にはある。こうして、尾辻󠄀の北杜でのネットワークはみるみる拡がっていった。

世田谷通りで「昼夜二毛作」

 尾辻󠄀のパートナーは、料理人の笠井祐二氏。三軒茶屋で生まれ育った。尾辻󠄀は語る。

「とにかく地元から絶対に出たくない、っていう人。なので三軒茶屋駅から半径1.5キロから2キロ圏内で物件を探しました」

 そうして見つけたのが、今の物件だ。もともと寿司店だったが、前オーナーが亡くなり、急に時が止まったような状態で賃貸物件として出されていた。尾辻󠄀は振り返る。

「ものは全部あって、人だけいなくなったような感じでした。三茶に行くと家賃が2倍、3倍にふくらみ、人も多いしチェーン店も多い。お客さんの入れ替わりもすごく多いので。個人で初めてお店を出すなら、松陰神社前が良いかな、と思ったんです」

尾辻󠄀あやのさん

 こうして2020年、「イエローページセタガヤ」はオープンする。店の名は、NTTが発行し、かつてはどこの家にもあった電話帳から付けた。「何かに出会う、つながる、そんな場所にしたい」。こんな思いを尾辻󠄀は店名に込めたのだった。

 夕方、八百屋を閉じると、尾辻󠄀は急いで片づけ作業に取り掛かる。すべての野菜を片づけ、掃除し、皿を並べていく。夜からは、パートナーの笠井が営む居酒屋が、同じ場所で店を開くのだ。

「野菜を売っていると、土やら野菜の皮やらが落ちてしまうので、やはり1時間くらい掃除が必要になってしまいます」

 尾辻󠄀は八百屋を絶対やりたい。笠井は飲み屋をやりたい。
 でも、初めての独立起業なのに、2軒借りるのは怖い。

「じゃ、昼・夜、分けてやろう」

 やりたいことをお互いが通したら、そうなってしまった。尾辻󠄀はそう言って笑う。

 笠井が居酒屋の仕込み作業に入ってからは、尾辻󠄀はもうカウンターには近づかない。

 午後7時。居酒屋「イエローページセタガヤ」が店を開く頃、尾辻󠄀は帰路に就く。

「唐揚げとか言ってないで、美味しいレタス食べて」

 ここ最近、尾辻󠄀が考えをめぐらせ、実行に移すようになったプランが、2つある。1つは、野菜をメインにしたケータリングサービスだ。

 かつて手掛けたことのある分野だったが、以前の尾辻󠄀なら料理メニューを決める際、「やっぱり唐揚げぐらいは入れておかなきゃ」「卵料理1品入れないと」という決め方をしていた。だが、今は違う。

「せっかく目の前にこんなにハイレベルな野菜がある。鶏の唐揚げとか言ってないで、この美味しいレタス食べてって!」

 唐揚げなら、どの店でも売っている。それはもう、そちらに任せて、うちは世界で一番美味しい、この北杜の「いとう農園」の伊藤省吾さんのつくるレタスを食べてほしい。尾辻󠄀は笑顔で語る。

「本当に美味しいんですよ。引くぐらい、本当に、みんなが天才だって言っている人。メニューが10品あるのなら、『野菜を揚げる、蒸す、みたいに野菜を優先に考えても良くない?』って。その代わりに、めちゃくちゃ美味しいのにしよう。そう振り切ったんです」

 もう1つ、尾辻󠄀が取り掛かっているもの。それは野菜のソースづくりだ。

「パセリを使った『チミチュリ』っていうアルゼンチン発祥のソースがあって、アメリカでも流行り出しているんですけど、何にかけても美味しいです」

 オリーブオイルに、刻みパセリをどっさり入れ、にんにくなどで味を付ける「チミチュリ」ソース。焼肉やステーキ、豚肉や鶏肉のソテーのほか、魚のムニエルにも使われる。尾辻󠄀は語る。

「パセリが好きなんで(店頭に)入れたんですけど、最初、誰も買わないんです。ハーブとかもそうですけど、飾り用のちっちゃい人参とか、パセリって、お腹いっぱいに絶対ならない野菜じゃないですか。だから、普通に料理しようと思ったとき、いらない。優先順位が低い。でもうちの常連さんたちは、これを使って何をつくろうかって楽しみを見つけに来てくれる」

尾辻󠄀あやのさん

 ソースをつくって、インスタグラムの「ストーリーズ」に投稿してみたら、みんなだんだん興味をもち、売れるようになってきたという。

「お腹いっぱいにならないけど、美味しい野菜ってたくさんあるんです。なんか、ファッションに近い。別になくてもいいんですけど、食卓にあったらすごく楽しいもの」

 最近は、伊予柑ソースや、オレンジソース、レモンソースも手掛けている。店にある野菜を順番にソースにしていく感じだという。尾辻󠄀は続ける。

「人参の葉っぱとかもいいんです」
「食べられない野菜」なんてない。

 ……「えっ?」。思わず筆者は聞き返してしまった。人参の葉っぱ、食べられるのですか。

「もちろん食べられます。植物ですから。友達にも聞かれたんですけど、『食べられるの?』って。
 でも、『いや、大体のところは食べられるでしょう』と思ったんですよ。美味しいか、美味しくないか、調理しやすいか、しにくいかは、また別の話。食べられるか、食べられないかでいえば食べられるじゃんって」

 尾辻󠄀はさらに続ける。

「みんな、固定観念がすごくあると思います。『キノコを山で摘んできたんだけど』なんていうのは、勿論それは危険なんで別問題ですけど、一般的なお店で売っている野菜を買って、食べて死ぬことはまずありません。『ここは食べていいのかな、だめなのかな』って、実はあんまりないと思います。ジャガイモも芽が出たら、芽のところだけ取っちゃえば、ジャガイモ自体は食べられますよね。明らかに腐っているのに、気づかない人はいない。そこは捨てれば良いだけの話です」

不揃い野菜に思うこと

 尾辻󠄀が2023年秋に上梓した単著『八百屋の野菜採集記』(大和書房)のページをめくっていて、仰天した文章があった。それは、「この、ばかばかしい、かっぱ巻き中心の世界で」というタイトルがついた、きゅうりに関する文章だった。ことの詳細はぜひ本を手に取ってもらうとして、驚愕の事実を以下に箇条書きで記してみる。

・きゅうりには厳しい規格があり、長さで価格が変わる
・長さの基本は21センチ。かっぱ巻きの海苔のサイズが元で決まった
・まっすぐに育つ品種には、皮が厚くなりやすいものがある
・本来は皮の薄いほうが美味いのに、上記理由で皮が厚い方が出回りやすくなっている

 不揃いなほど美味しい、そんな意見を聞いたような気がする。そういえば、不揃いの野菜が並んだ、いわゆる「意識高い系」「SDGsを目指す系」の店やカスタマーサイトも、目にするようになった。農家のためにも今後はそうした店から積極的に買えば良いのか。そう話を向けると、尾辻󠄀は厳しい表情になった。

「もちろん、きゅうりの項で書いたような、意味のない、過度に厳しい規格は見直すべきと思っています。ただ、不揃いをどう売るかより先に、まず国内の農家さんの作る、出荷規格を満たした『A品』がなるべく多く流通するようにするにはどうしたらいいか、が大切だと今は思っています」

尾辻󠄀あやのさん

 尾辻󠄀自身、「イエローページセタガヤ」を始める前や、始めた直後には「もったいない」という気持ちが強く、規格から外れたものを売れるようにならないか、と考えたりもした、と振り返る。しかし現在は考えが変わった。「A品」をなるべく扱いたいと思うようになったという。

「不揃い野菜は、キャッチーなので取り上げやすく、発信する際もわかりやすく……嫌な言い方をすると同情を得やすい。でも、農家さんにとっては『B品』をさばくのは、お手間になることも多かったりするんです」

 農家の希望は「A品」が正当な価格で販売されること。八百屋をやってみてよくわかった、尾辻󠄀はそう強調する。それなのに、さまざまな企業が「SDGs」の名の下に、不揃い野菜を使って農家を商売に使っているように尾辻󠄀には見えてきて、「そんな風潮に正直、憤りすら感じます」と言う。

 日々、土に触れ、植物や野菜に触れる農家。特に有機農業には「オーガニック」のイメージがあり、「SDGs」と紐づけて語られがちだ。ただ、農家の多くは、別に環境のことだけを思って仕事を営んでいるわけではない。それよりも「A品」、「秀品」と言われる普通の野菜を買ってもらった方が、日本の農業はもっと活きるのに。尾辻󠄀は言う。

「(『いとう農園』の)伊藤さんのつくる人参がすごく美味しくて、伊藤さんの人参が食べられるんだったら、私は形が二股になっていようが、何十キロでも買うって思うんですよ」

 でも、味が同じなのであれば、まっすぐな人参の方がやはり売れるのは、当たり前だとも思う。目の前に並んだら、自分が使いやすい方を取るのは自然なことだ。

「『不揃いだからどう』『A品だからどう』とか、あんまりそういう話がされなくなるといいなと思います」

 自分で選べばいいだけなのに、「不揃いをみんなで食べましょう」と団結させるような雰囲気を、尾辻󠄀は危惧する。自分が美味しいと思う野菜。本当に尊敬する人の野菜を買うのが、本来あるべき姿だ。たしかにその通りだ。

「自分の頭で考えましょうよってことだと思います」。尾辻󠄀はそう言い切った。

『八百屋の野菜採集記』が目指したもの

 さきほど、「きゅうり」の項を紹介したが、尾辻󠄀の著書『八百屋の野菜採集記』では、四季折々の旬野菜の素顔とレシピがぎっしり詰まっている。元気で、美しく、そして美味しそうな野菜の写真が、尾辻󠄀本人にも感じるようなスカッとした文章と相まって、反響が拡がっている。写真からも文章からも、そしてレイアウトや装丁からも、野菜に対する愛情や、尾辻󠄀自身の哲学が伝わってくる。

「本当ですか。初めて手掛けたんですよ、本っていう形。出版社さんも好きにやらせてくれました。デザインとか並べ方、スタイリングは全部、全カットやりました」

尾辻󠄀あやのさん

 今の時代よりもちょっと昔の、美しくモノを撮るカメラマンがいた頃のような写真が並んでいる。

「めちゃくちゃ嬉しいです。本当は、こんなこと言っていいのかわからないんですけど、写真も、私が、まだアシスタントだった時から可愛がっていたカメラマン(おもて氏)によるもの。店のオープンからうちを知っているから、めちゃくちゃカット数多くて大変なのに、「一冊めはやりたいことやりきりましょう!」って付き合ってくれて。『そんなことをやっちゃいけない、予算を考えろ』って広告代理店の友達に怒られました(笑)」

 アスパラ、セロリ、なす、パプリカ、じゃがいも、ビーツ……。執筆しながら、もしかして「知ったつもり」になっているものもあるのじゃないか、と思った。尾辻󠄀は1回、筆を止めて、農家に全員電話し、その野菜について取材を追加した。「きゅうり」の規格のことを知ったのは、その時だったという。

 読者からの反響がDMで時々届く。尾辻󠄀は笑顔でこう語る。

「最近、若い女の子の農家さんからメッセージを頂きました。彼女のお姉さんがカフェに置いてあった私の本を見つけたそうです。『このレシピなら楽しく料理ができそう』って言って、妹さんに勧めてくれたそうです。農業を始めたばかりで、インスタの発信の仕方も参考にします、と言ってくれました」

 北杜で産声を上げ、若者の街・松陰神社前で根づき広がった「イエローページ」。こんどはまた、思いもよらぬ土地を耕す人たちへとアクセスし、彼らの背中を押していく。

そして居酒屋「イエローページセタガヤ」へ

 取材が終わった頃、階下の店舗では既に居酒屋「イエローページセタガヤ」がオープンしていた。

 階段を降りていくと、尾辻󠄀のパートナー・笠井氏と、看板従業員・涼子さんが、忙しく切り盛りしている。さっきまで根パセリの置かれていたカウンターに陣取らせてもらった。

イエローページセタガヤ

「生ビールください。あと、ワカメと筍の若竹煮、生野菜ぽりぽりと、石鯛の昆布〆……」

 北陸復興支援のために仕入れたという、石川の酒蔵の清酒をおかわりする頃には、笠井氏の寡黙さと、涼子さんの陽気さのコントラストが面白おかしくて、また、出てくる料理の数々が美味しくて、「昔から通っている人」になりたいと思わされてしまった。

「イエローページセタガヤ」は毎週日曜の日中、三軒茶屋「無印良品」前でも八百屋の出店をやっている。散歩がてら三茶に出向くと、尾辻󠄀と涼子さんたちが笑顔で立っていた。買い求めた元気なレモンが、これまた最高に爽やかだった。

尾辻󠄀あやのさんご愛用の品
(写真左)お茶をこぼしてシミがついてしまった手帳は思い立って日記帳に。その日あったことを思い出しながらメモのように記録する
(写真右)ロゴ入り半纏は周年記念でつくったもの。寒さ厳しい冬の店頭での防寒対策にもなる

尾辻󠄀あやの(おつじ・あやの)
東京都生まれ。ケータリング事業を経て、山梨県北杜市へ。たまたま訪れたことをきっかけに、有機栽培を行う農家の人たちと出会い、野菜の面白さを知る。2020年に昼は八百屋、夜は居酒屋スタイルの「イエローページセタガヤ」を東京・世田谷の松陰神社近くにオープン。23年、初の著書となる『八百屋の野菜採集記~「見る・知る・食べる」で楽しむ旬野菜とレシピ』を刊行。
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尾辻󠄀あやのさん

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