【官能小説ってどんなもの?】女性による、女性のための官能小説講座。

官能小説って一体どんなものなんだろう……そんな疑問について、年間200本以上の官能小説を読まれ、『女子が読む官能小説』などの著作が人気を博している女流作家、いしいのりえさんにお聞きしました。

P+D MAGAZINEの女性の読者の皆さま、“官能小説”を読んだことはありますか?

「官能小説って男の人が読む下品なやつでしょ?」なんてイメージをお持ちの方がいたら、それは大間違い。官能小説とひと口で言っても種類はさまざまあり、中には耽美でロマンチックな、女性にこそ読んでほしい作品もあるのです。

そこで今回は、年間200本以上の官能小説を読まれ、『女子が読む官能小説』などの著作が人気を博している女流作家、いしいのりえさんに、女性にオススメの官能小説について教えていただきました。めくるめく官能小説の世界を、お楽しみください。

(以下、いしいさん寄稿文)


あなたが「官能小説」と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは、どのようなシチュエーションでしょうか。

大抵の方がパッとイメージするのは、書店の片隅に並んでいる黒の背表紙かもしれません。谷崎潤一郎や江戸川乱歩などの文豪たちが書いたフェティシズムやSMの世界観などをはじめとする官能小説は、昨今では電子書籍の普及によって、女性でも気軽に楽しめる時代になりつつあります。

 

人気レーベルや代表的な作家から、「官能小説」を知る

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先述した「黒の背表紙」で有名なブランド、「フランス書院」の官能小説レーベルは、1975年からあり、もちろん現在も健在です。SMや陵辱モノなどのキワどいテーマのものが多く、官能小説特有のエロティックで肉感的な女性が描かれている表紙のものが多くあります。常盤準ときわ じゅん夏月燐かづき りんなどの作家は、主に50代以上の男性から熱烈な支持を受けています。

フランス書院と同様に、毎月コンスタントに官能小説の新作を発表し続けているのが「二見書房」。こちらのレーベルではフランス書院発行のものほど衝撃的な官能ではないものの、物語としても読みやすくなっています。物語性の強い官能小説になるとセックスシーンが弱くなる場合がありますが、二見書房の作品はきちんと官能小説としても成立しており、ストーリー性と官能のバランスの良い作品を多く出版しています。官能小説界の大御所の睦月影郎むつき かげろうをはじめとし、渡辺やよい蒼井凛花あおい りんかなどの女流作家も多く執筆しているところが特徴です。

そして女性にもっとも強くお薦めしたいレーベルは、幻冬舎が1977年から長年出版している「幻冬舎アウトロー文庫」です。一般的な幻冬舎文庫が薄いブルーの背表紙に対して、アウトロー文庫は淡いベージュの背表紙です。こちらのレーベルの作品は、二見書房よりも官能小説としての色がよりマイルドな印象を強く受けるでしょう。表紙に描かれているイラストなども、官能的な写真や肉感的な女性ではなく、一般文芸などに多く描いているイラストレーターの作品が多く、女性も書店で手に取りやすいものが多くあります。SM小説の重鎮である館淳一たて じゅんいちや、男性のみならず女性ファンも多く持つ草凪優をはじめとし、新潮社R18大賞でデビューした南綾子、団鬼六賞を受賞した、うかみ綾乃などの女流作家も多く作品を発表しています。

他にも双葉社、祥伝社、実業之日本社、竹書房などの文庫レーベルは女性にも読みやすい官能小説をコンスタントに出版しているので、要チェックです。

 

時代とともに移り変わる、官能小説のトレンド

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昭和の時代はいわゆる「オジサマのたしなみ」であった官能小説も、現在では女性が楽しめるコンテンツのひとつとなりつつあります。

近年の官能小説のメインターゲットとなっているのは、もちろん50代〜60代の男性。しかし女性へのアプローチも視野に入れるようになってきた理由は、女流官能作家の進出と電子書籍の普及、そして何より、女性が性に対して積極的になってきたからだと考えられています。

「草食系」などという言葉が浸透してきた昨今、それに反して女性はセックスに対しておおらかになってきました。最近では女性向けのアダルトビデオレーベルも活発に作品を発表しており、そのレーベルに出演しているイケメン男優たちは「エロメン」という肩書きで女性ファンを多く獲得。ファンイベントなども行っています。

官能小説界では、若手の男性官能小説家のデビューはあまり多くない反面、デビューして数年の若手女流官能作家の躍進が非常に目立ちます。これもやはり、女性が元気な証拠でしょう。女流作家の活躍により、男性読者はもちろん、女性読者も読みやすい作品が増えています。もちろん、昔からのファン層を持つ大御所たちの濃密な官能小説も健在です。

その一方で、最近とても勢いがあるのは「電子書籍版官能小説」という新ジャンル。ネットを徘徊していると、電子書籍サイトのバナー広告を見かけることが多くあります。最近では、電子書籍のみで刊行している安価で短時間で読める官能小説も多く出版されているのです。

電子書籍版官能小説の特徴は、短い時間で簡単に読むことができること、手軽に購入できること。そして、「TL(ティーンズラブ)」や「BL(ボーイズラブ)」などの若い層にも受け入れられやすいポップなジャンルが多いことです。表紙もいわゆる「マンガ絵」のものがほとんどであり、手軽に官能的な気持ちに浸りたい女性にはぴったりのコンテンツといえるでしょう。

電子書籍版官能小説の購買層は主婦層が圧倒的に多く、ダウンロード時間も日中であることが多いといいます。電子書籍であれば、自分のスマホにダウンロードして密かに楽しむことができるので、夫にバレる心配もありません。彼女たちにとって電子書籍で官能小説を読むということは、家事を終えてひと段落ついた時の清涼剤的な役割を果たしているのかもしれません。

 

女性だからこそ味わえる、官能小説の魅力

官能小説は、そのゴールである「セックス」の前段階が非常に綿密に書かれています。作家が女性、男性に関わらず、その部分を軽視して書いてしまうと「セックスをする」という行為に矛盾が生じてしまいます。とくに、女性は日常的にもセックスをするという行為に対して理由を持つ方がほとんどでしょう。

男性は、いわゆる「抜く」ということを目的にする方も大半であるため、男性向けの風俗は多くあります。一方で、女性向けの風俗はあまり普及されていないことも含め、女性の性は「抜く」ことを目的にしていることは少ないのです。身体的な理由よりも、心理的な理由を求めてセックスをする女性がほとんどでしょう。好きな人と繋がりたい、気になる相手を振り向かせたい、好きな人を誰かから奪いたい……そういった女性の心理をより丁寧に描写するのは、女流作家の得意分野です。

物語の中に描かれるような、刺激的な恋愛やセックスを日常的に楽しんでいる女性はなかなか存在しないでしょう。しかし、彼女たち女流官能作家の書く物語では、情熱的かつ心情的な恋愛物語が繰り広げられていることが多くあります。自分ではとうてい実現できないであろうエネルギッシュなセックスに浸り、非日常感を味わうのも、女性ならではの楽しみなのではないでしょうか。

 

まずはこの1冊から。おすすめ官能小説セレクション

さて、ここからは女性におすすめする官能小説をいくつかご紹介します。それぞれ「ロマンス(恋愛)」「ジェラシー(嫉妬)」「コミカル(面白さ)」「フェチ(魅惑)」「センチメンタル(涙)」といった5つの要素を5段階で評価したので、ぜひ参考にしてください。

『花酔ひ』村山由佳/(文藝春秋)

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京都と浅草が舞台となるW不倫の物語。誰にも言えない密かに鬱積した欲望を覗き見しているような、何とも官能的な感覚が楽しめる一冊です。また、京都弁の艶やかな響きが何とも美しく、女性であればうっとりとしてしまうはず。

村山由佳は官能的なもの以外にも多くの作品を執筆している作家であるため、最初の一冊として官能小説を楽しむには読みやすく、非常にお薦めです。

 

『姉の愉悦』/うかみ綾乃(幻冬舎)

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第二回団鬼六賞で最優秀賞を受賞した、うかみ綾乃の作品。

三重県・志摩に住む美しい姉と弟。天涯孤独の二人は強い絆で結ばれています。誰よりも弟を大切にしている姉の情熱と、その姉の強すぎる愛情に気づかず、無垢で天真爛漫な弟の描写が読んでいてハラハラするほどスリリング。

弟に近づく女に嫉妬をする姉の純粋すぎるほどの母性は、切なく胸を打たれることでしょう。中盤から登場する、弟を誘惑する元教え子とのセックスと、それを覗き見している姉のシーンのいやらしさは必読です。

 

『10分間の官能小説集3』(講談社)

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官能小説界の重鎮である団鬼六睦月影郎の他、新進気鋭の女流作家である草凪優深志美由紀みゆき みゆきなど、個性溢れる10作が収録されているアンソロジー。タイトルの通り10分で読めるという手軽さと、バラエティ豊かな作品が揃っているところが魅力的です。

まずはこういったアンソロジーを一冊購入してみて、自分のお気に入りの作家を探してみるというのはいかがでしょうか。

 

『花伽藍』/中山可穂(角川文庫)

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女を愛する女たちが描かれている5編の短編集。自身もレズビアンであることを公表している中山可穂によって、さまざまな女同士の恋愛が綴られています。

中でも、刹那的なひと夏の物語が描かれている『鶴』は、人妻の相手に対する主人公の純粋な愛情に非常に心を打たれます。また、この本のラストを飾る『燦雨』では、年老いた恋人の女性を介護する老女が主人公で、これまで誰も描いたことのないような、レズビアンカップルの終焉が綴られています。

官能的な描写はもちろんですが、女性が女性を愛するという視点には、同性ならばぜひ一度は真摯に向き合いたいものです。

 

『俺の女社長』/草凪優(祥伝社)

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草凪優の作品はハズレがなく、官能とストーリーのさじ加減が絶妙なので、どれもお薦めです。しかし、今回は、中でもポップで明るい作品をご紹介します。

自身が務める会社の女社長のスパイを命じられた主人公。社内では気品が溢れるキリリとした面持ちの女社長だが、実はもうひとつのとんでもない顔を持っていることに気づいてしまう……。

普段は真面目でクールな女社長が、一変してキュートで愛らしい一面を持っているところは非常に微笑ましくあります。官能シーンも爽やかにいやらしく、終始さらりと軽快に描かれているので、女性にとっても読みやすい一冊です。

 

『鬼ゆり峠』/団鬼六(幻冬舎)

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ある程度官能小説を読んだ方に、ぜひ一度トライしていただきたいのがこちらの作品。団鬼六といえば代表作は『花と蛇』ですが、全10巻という大長編なので、まずは上下巻で完結するこちらの作品から始めてみてはいかがでしょうか。

舞台は江戸時代、浪路とその弟の菊之助は、父親の仇を討つために“鬼ゆり峠”を訪れます。浪路は美しい容姿を持つ武士の妻であり、また剣の名士でもありました。2人はヤクザたちの手にかかり、陵辱されたのち、浪路の陰核と菊之助の陰茎を切り取るという残虐な処刑にかけられそうに……。

2人はあらゆる手法でヤクザたちから弄ばれます。団鬼六流の容赦ないSM描写が延々と続きますが、凄まじい陵辱に耐え忍び、快楽を得る姿は爽快な美しささえ感じられます。団鬼六の耽美なSMの世界観をぜひ味わっていただきたいと思います。

 

おわりに

官能小説の定番モノから、気軽に楽しめる入門編まで、幅広く5冊をご紹介しましたが、まだ紹介しきれないほど様々な官能小説が存在しています。

まずはぜひ試しに一冊購入してみて、そのディープで奥深い官能小説という世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。未知なる官能小説の世界は、きっとあなたにとって密かな楽しみのひとつになるはずです。

 

<了>

 

【筆者プロフィール】

いしいのりえ

イラストレーター、ライター。
女性の美しさや柔らかさを表現したイラストを描いている。官能小説、一般書での装画装幀を手がける他、官能小説レビューの執筆も行っている。

近刊に「女子が読む官能小説」「性を書く女たち:インタビューと特選小説ガイド」(いずれも青弓社)がある。

公式サイト:http://www.ishiinorie.com

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