【著者インタビュー】中村淳彦『東京貧困女子。』/女性から賃金を下げていく日本の社会では、フルタイムで働いても自分一人の生活を支え切れない人が出てきている

貧困に苦しむ女性たちの声に耳を傾けたベストセラーが漫画化された話題の著者にインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「貧困を『同情して何もしない』のと、『コンテンツにしてでも可視化する』のと、どちらがいいと思いますか」

『東京貧困女子。』

原作/中村淳彦 漫画/小田原愛 小学館 (1)~(4)巻 各650円 (5)(6)巻 各715円

いまや大きな社会問題となっている「貧困」。昨今、それが拡大し、深刻化していることは報道で知っていても、果たしてどこまでそれをリアルに感じているだろう。『東京貧困女子。』は若い女性たちが貧困に陥っていく過程を描いている。第1巻の冒頭に登場するのは夢が叶って国立大学医学部に入学した女子大生。親の援助が得られず奨学金を利用するが、授業料のほか部活にも入ってキャンパスライフを謳歌しようとするとたちまちお金がなくなり、風俗で働くことに─コロナ禍で仕事を失った女性など、現在進行形の貧困が女性たちの心情とともに描かれ、胸に迫る。

中村淳彦

(なかむら・あつひこ)1972年生まれ。ノンフィクション作家。当事者以外から見えづらくなっている社会問題を可視化するために、貧困、虐待、精神疾患、借金、自傷、人身売買、介護、AV女優、風俗など、さまざまなフィールドで取材をする。著書に『名前のない女たち』シリーズ、『東京貧困女子。』『崩壊する介護現場』『日本の風俗嬢』『パパ活女子』など。最新著書は『悪魔の傾聴 会話も人間関係も思いのままに操る』。

 漫画『東京貧困女子。』の第6巻が出た。原作は、ノンフィクション作家の中村淳彦さん。貧困女性に取材した、東洋経済オンラインでの中村さんの記事は、1億2000万という驚異的なページビューを記録した。
「ケタが2つぐらい違っていて、なんでこんなに読まれたのか、自分でもよくわかりません。
 ひとつ言えるとしたら、日本の社会って、女性から賃金を下げていくんです。まず女性が、非正規化のターゲットになった。ぼくの感覚だと、2000年代の半ばから、ふつうにフルタイムで働いても自分一人の生活を支え切れない人が出始めました。生活できなくなったらどうするか。ダブルワークで長時間労働するか、風俗や水商売で働くか。若い人が、風俗で働くっていうのがどんどんふつうになってきている現実が背景にあると思います」
 漫画家は『中学校狂師』などの小田原愛さん。
「貧困女性の問題は、小田原さん自身もよく知っていて、原作者から見ても、この漫画はすごくよくできています」

人は、聞く側が受け入れられる範囲でしか話さない

 6巻では、父親から激しい暴力を受けて育った元AV女優が描かれる。これまでに登場した女性の中でも一番と言っていいほど、過酷な人生を送ってきた人だ。
「ぼくがこれまで取材してきた中でも3本の指に入る厳しい話です。相手のほうからぼくを名指しで話を聞いてほしいと電話してきたのも、漫画に描かれている通りです。数日後には精神病院に措置入院になるのが決まっていて、帰ってこられないかもしれないから、その前に話を聞いてほしい、ということでした。
 なぜ連絡してきたのか、わかりません。何もすることがなくて、聞いてくれる人がいるなら呼んでみようか、ぐらいの遊び半分だったかもしれない。自分が生きた痕跡を何かひとつぐらい残しておきたいと思ったのかもしれません」
 その女性はアルコール依存症で、リストカットをくりかえしていた。生ごみや犬の糞尿、血のにおいがいりまじり、何かわからない液体が靴下ににじんでくる部屋で、中村さんは、いつ終わるともしれない彼女の独白に耳を傾けた。
「自分の話を聞いてくれる人に話したいという思いは誰にでもあります。ぼくは相手の話を否定しないし、身元が特定されるリスクがないとわかると、相手も話してくれますね」
 人は、聞く側が受け入れられる範囲でしか話さないものだと中村さんは言う。
「だってそうじゃないですか。不倫していて、すごく楽しいから誰かに話したいと思っても、不倫を否定している人には話さないですよね? そういうことです」

第6巻より。

いまの若い女性は父親世代の男性を嫌っている

 ちなみに今回の取材は小学館の会議室で行われた。ソファで対面するかたちの取材はもっとも相手が話しづらくなるそうで、「ぼくが取材するときは、こういうところではしないですね」とのことだった。
 座る位置や取材場所、時間設定、ありとあらゆることを考え、話を聞くようにしているという。どうすれば相手の話を引き出すことができるかは、新著『悪魔の傾聴』(飛鳥新社)にくわしい。
 漫画『東京貧困女子。』には、貧困女子を取材する、週刊誌(「週刊ポスティ」)の女性編集者が3巻の途中から登場する。「貧困ってのはエンタメになるんだよ」という上司の指示で不本意ながら取材を始めるが、現実を知って次第にのめり込んでいく。取材する側を相対化する視線も入っているのが興味深い。
「『貧困を消費するな』なんていうことは、ぼくなんかもずっと前から言われてきました。貧困を利用してコンテンツを作るな、面白がるな。そう言う人は常に一定数いますけど、同情して何もしないのと、コンテンツにしてでも可視化するのと、どちらがいいのか。それぞれに言い分があるとぼくは思います」
 中村さんが取材を始めたのはコロナ禍のずっと前だが、コロナ禍は、風俗で働く女性たちを直撃した。参入する女性は増えるが、得られる収入は減って、貧困の状況はますますひどくなっていることも漫画の中に描かれる。
 いま中村さんが「ひどいことになっている」と言うのは、大学生の貧困だ
「学費が払えないのも、奨学金が返せないのも、貧困に苦しむ大学生がこれほど多くなったのは、すべて国の政策のせいです。この先、なんの成果ももたらさない貧困を延々と生み出していることについては、もっと問題にされないといけないと思う」
 漫画にも描かれているように、日本経済が地盤沈下し、親たちが将来の生活に不安を抱えていることも大きい。
「リストラが蔓延して、年功序列もなくなり、将来どうなるかわからないから、親も自分の生活のほうが大事になる。奨学金という制度があるんだから、成人した子どもは自分で何とかしてほしい、ってなる。
『若いころの苦労は買ってでもしろ』とか、バイトで稼いで勉強するのを美談にする風潮がありますけど、いまの若い子たちが本当に厳しい状況に置かれていて、パパ活とか風俗でなんとか切り抜けるのがかなりふつうのことになっちゃってるのに、親や祖父母の世代は子供や孫にそんなことさせてるなんて夢にも思ってないんじゃないですかね」
 貧困女子たちを金の力で自由に扱う中高年男性を「できるだけ気持ち悪く描く」のは、中村さんのリクエストだったそうだ。
「これまで200人ぐらい、パパ活をしている子に話を聞いてきましたけど、ちょっとびっくりするぐらい、父親世代の男性のことを嫌ってるんです。ぼくの世代だと、年上の男性が好きって女の子もいたと思うんだけど、総じていまの子たちは、心の底から嫌っているように見える。それはたぶん、自分たちが苦しんでいることへの無理解があるからだと思います」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 昨日読んだ花房観音『京都に女王と呼ばれた作家がいた』(幻冬舎文庫)は圧巻でした。山村美紗が憑依したような描写が続いて、とても真似できないと思いました。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 学生時代から村上龍さんに深い影響を受けているのですが、あまり新刊を出さなくなってしまいました。

Q3 座右の一冊といえる本はありますか?
 村上龍『コックサッカーブルース』(集英社文庫)の影響で、大学在学中に男性娯楽誌のライターになってしまいました。

Q4 最近見て面白かったドラマや映画、映像作品は?
 ドラマ『北の国から』。ポジティブな意味じゃなくて勉強することが多いです。家族の美談として語られるドラマですけど、純も螢も、全員不幸になっていて、五郎さんのせいだというのがほんとによく描かれてて面白かったんですよね。五郎さんって、受容力がなくて傾聴ができない人なので、家族を巻き込んで全員不幸になっていくんだな、と思いました。

Q5 最近気になるニュースは?
 円安下で金融緩和を継続するのか、引き締めに方向転換するのかはすごく気になります。

Q6 趣味は何ですか?
 ライブに行きます。UNISON SQUARE GARDEN、NUMBER GIRLのチケットは何度申し込んでもまったく買えません。

Q7 最近はまっていることは? もしくは何か運動をしてますか?
 『孤独のグルメ』に登場した店に行きます。全店めちゃめちゃ美味しいです。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/浅野剛

(女性セブン 2022年11.10/17号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/11/24)

【著者インタビュー】佐野広実『シャドウワーク』/江戸川乱歩賞作家がDVや夫の暴力から逃げ回る女性達の問題を抉り出す
古谷田奈月『フィールダー』