【著者インタビュー】落合 博『新聞記者、本屋になる』/定年を目前にして新聞社を辞め、始めた本屋の記録

新聞の論説委員から58歳で書店を開業。その過程を詳らかにした『新聞記者、本屋になる』が話題の著者にインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「いまはいい風が吹いてますけど、いずれ止む。目標は『低く長く遠く』です」

『新聞記者、本屋になる』

光文社新書 1034円

 毎日新聞論説委員だった落合さんが本屋開業を目指して準備し、そして開業して現在に至るまでを事細かに綴った。《僕が本屋を始めた理由より、僕が本屋を始めた方法を伝えることの方が意味があるのではないかと考えている。なぜではなく、どうやって。そのことをこの本には書きたい》。ウィットに富んだ文章も魅力的だ。「行間、余白をいかに作るか。書きすぎないことが大切だとライティングのレッスンでも伝えています。好きな人に『好きだ』と書かないで、読んだ後に『この人、私のこと好きなんだ』と思ってもらえるような文章がいい」。
 髪は金髪。会社を辞めた翌日に生まれて初めて染めたという。「真っ赤にしたときは、『近所を歩くときは帽子をかぶって』と妻に言われました」

落合 博

(おちあい・ひろし)1958年山梨県生まれ。 Readin’Writin’BOOK STORE店主兼従業員。東京外国語大学イタリア語学科卒業後、読売新聞大阪本社に入社。ランナーズ(現アールビーズ)を経て、’90年毎日新聞社入社。主にスポーツを取材。論説委員(スポーツ・体育担当)を最後に’17年3月退社。著書に『こんなことを書いてきた スポーツメディアの現場から』『闘う男たち 神戸製鋼ラグビー部』など。ウルトラマラソン「柴又100K」完走3回。

65歳で放り出されるよりは早く自分で始めた方がいい

 新聞記者だった落合博さんが、東京・浅草に近い、台東区寿に書店「Readin’ Writin’ BOOK STORE」を開いたのは2017年4月。退社したときはスポーツ担当の論説委員で、60歳の定年まであと2年、残していた。
 本屋を始めるまで、始めてからの日々を具体的に記録した『新聞記者、本屋になる』の巻末に年表が載っていて、すべては「2014年、長男誕生」という項目から始まっている。
「いま小学校1年生、7歳ですけど、息子が生まれたというのは自分にとって大きかったです。60歳で定年になった後、嘱託しよくたくで会社に残ったとして、どういう仕事をするかもわからないし、収入も大幅にダウンします。65歳で嘱託契約が終わるとき、息子はまだ9歳です。そこで放り出されるなら、もっと早く自分で何か始めた方がいいと思ったんです」
 昔から書店をやりたいと思っていたわけではない。取材でも、なぜ本屋さんだったのかよく聞かれるが、相手も自分も納得する答えはないそうだ。
「いまさら、なんで本屋だったんだろうと考えても、何の得もないですしね‥‥。それまでに自分で集めた本が結構あったので、古本屋でも始めるか、ぐらいの気持ちでした」
 58歳で会社を辞め、開店すると決めてからの行動は早く、これぞと思う個人経営の書店を訪ねて話を聞いた。
「みなさん親切で、家賃がいくらか、改装費にどれぐらいかかるか、といったことも、聞けばなんでも教えてくれました。最初は古本屋をやるつもりでしたが、福岡のブックスキューブリックのオーナー、大井実さんに『新刊が置いてあった方が店に勢いが出る』と言われ、新刊書店に変更。京都で誠光社書店を始めた堀部篤史さんにはトークイベントの後に話しかけ、本の仕入れ先として、『子どもの文化普及協会がいいよ』と教えてもらいました」
 17歳年下で、看護師としてフルタイムで働く妻は、本屋をやることに反対だった。
「逆の立場だったら、ぼくも反対しますよ。正社員で働いている夫が、定年を前に辞めて、儲からないと言われてる本屋をいきなり始める、って言うんですから。子どもはまだ小さいし、『何考えてんの?』って言うと思います」
 この先やっていけるのか、妻に聞かれたとき、落合さんは、「ぼくにもわからない」と答えたらしい。
「何とかなるだろうと思いつつ、やったことのない商売を始めるんだから、細かいことを聞かれてもわからないんですよね。売り上げのシミュレーションはしましたよ。でも机上の計算だし、実際、店を始めたらまるで違っていました。説明になるかわかりませんが、足のつかない50mプールでも、とりあえず泳ぎ切る自信はあった。そういう感じでしたね」
 正直と言えば正直だが、小さい子どもを抱えて妻が不安になる気持ちもわかる。だいぶ経ってから、「離婚しようと思った」と、そのときの気持ちを伝えられたそうだ。

自分にできないことは得意な人にお願いする

 書店として借りているのはもともと倉庫だった建物で、一級建築士の白井宏昌さんに設計を依頼した。「阪急電車の色」と落合さんが呼ぶ、えんじ色の外観はおしゃれで、街並みにもすんなり溶け込む。ドアを開けて中に入れば吹き抜けの高い天井で、開放的な空間が広がっている。
「建築もデザインも、全然詳しくなくて、白井さんにお願いしたのは、そのときぼくが知っていた唯一の建築家だったから(笑い)。お願いしたら快く引き受けてくださって、本当にありがたかったです。巻き込み型というのか、自分にできないことは得意な人に、どんどんお願いする方式です」
 店名に「読む」以外に「書く」が入っているのは、新聞記者としての経験をいかし、落合さんがライティングの個人レッスンを開いているから。「書く」ことについての本の棚は、開店当初から店の核になっている。
 トークショーなど、独自のイベントを次々、開いているのも、「Readin’Writin’」の特色になっている。
「昔から落ち着きがないというか、ぼくは動いていないとだめなんです。イベントは、初めは知り合いの編集者に声をかけていただいて、やり方を覚えてからは、自分で企画して声をかけたり、かけてもらったり、ですね。この本屋をやるうえで、なくてはならないものになっています」
 イベントを通して、品揃えも変わった。開店時は絵本中心だったが、4年経ったいまは、フェミニズム・ジェンダー、日本語・言葉、食文化、差別、外国文学、建築関連の書籍が目立っている。
 中二階に畳スペースがあり、短歌教室や一箱古本市が定期的に開かれるほか、月3000円で貸し出すレンタル棚のコーナーもある。
「本屋の理想型が自分にあるわけではなく、毎日、何かあって、一つひとつ対応して変わっていく感じです。店の本も、最初の300冊から増えるにしたがって、棚を増設したり、棚の中に自分で日曜大工的に小さい棚を作って置いたり、その都度、置き場を増やしていっています」
 店をやっていると思いがけないことも起きる。開店前に受講した起業塾のコースで、来店してほしい女性客のイメージを具体的に思い浮かべろと講師に言われ、行き着いたのが小泉今日子さんだった。その小泉さんが、番組の収録で先日、来店した。
「本屋をやることに納得したわけではない」と言っていた妻も、たまたま仕事が休みで収録を見学、終了後に小泉さんとの2ショット写真を撮ってもらったそう。写真が自宅に大切に飾られていると聞いて、「よかった」と思った。
「緊急事態宣言が出たときも店を閉めることはなく、売り上げもそれまでよりいいぐらいでした。いまはいい風が吹いてますけど、いずれ止むときが来ます。いま見ているのとは違う景色がこの先にあるはずで、その景色も見てみたい。目標は『低く長く遠く』で、できるだけ長く継続したいですね」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 最近、ではないですけど、『フィッシュ・アンド・チップスの歴史』。イギリスの国民食と言われるものが、どうやってそうなっていったかを書いていて、面白いです。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 正直に言っていいですか? いないです。

Q3 最近見てよかった映画やドラマは?
 見ないです。映画は時間的に全然見に行けないです。ドラマはそう言えば、いまは妻と息子がハマっている『ヤンキー君と白杖ガール』を一緒に見ています。息子が「あざーす!」とか真似をするんです(笑い)。

Q4 最近気になることは?
 選択的夫婦別姓であるとか、ジェンダーやフェミニズムにかかわるニュースは、Twitterでも気にしているし、ニュース記事も読みますね。

Q5 最近ハマっていることは?
 居酒屋も行けなくなっているし‥‥ハマっているといってはアレですけど、子どもとの時間ですね。息子大好き、息子命で、あとどれぐらい一緒にいてくれるかわかりませんけど、いまはサッカーをやったり、頬をスリスリして起こしたり、子どもと過ごす時間が楽しいです。

Q6 何か運動はしていますか?
 走ることですね。週3回、火、木、金はお店のゴミ出しがあるので、墨田区の自宅から台東区の店まで走っていき、ゴミを出して、両国橋を渡って家まで帰ります。だいたい10㎞、1時間ぐらい。それからまた出勤します。
 新聞社にいる時から、もう10年ぐらい走っています。フルマラソンは、タイムはともかく必ず完走できるので、いまは100㎞マラソンの、走りきれるか、リタイアするのか、っていうせめぎ合いを面白く感じながら走っています。ちなみに先日の100㎞マラソンは50㎞でリタイアしました。筋トレ? しません。実用的じゃない気がして。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/政川慎治

(女性セブン 2021年12.2号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/01/25)

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