【著者インタビュー】村井理子『家族』/ごく普通の家族が取り返しのつかないところまで壊れていくようすを淡々と描く

話題を呼んだ『兄の終い』著者が、家族の源流と日常の中にあった、壊れていく過程を綴った最新作『家族』についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「うちのような問題の多い家族は意外に少数派ではないんだな、と」

『家族』

亜紀書房 1540円

≪ほんの些細な誤解を早い段階で解いていれば、きっと私たちは幸せな家族になれたはずだ。全員がそれぞれ、愛情深い、優しすぎるほど優しい人たちだったから≫。いまは琵琶湖畔で夫と2人の息子、そして愛犬ハリーと暮らす著者が、亡き両親と兄―壊れてしまった家族の原風景から決して幸せとはいえない死までを、自身の記憶や残された親族との対話、日記や写真をもとに辿る。家族は離れがたく、それでいて、いかに壊れやすいか。家族について考えずにはいられない胸を打つエッセイ集。

村井理子

(むらい・りこ)1970年静岡県生まれ。翻訳家・エッセイスト。翻訳書に『ヘンテコピープルUSA』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『エデュケーション』『メイドの手帖』など。著書に『ブッシュ妄言録』『犬がいるから』『犬ニモマケズ』『ハリー、大きな幸せ』『全員悪人』『兄の終い』『村井さんちの生活』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』など。

亡くなった兄の預金通帳の残高は70円ぐらいだった

 東北に移住した兄が突然死したと、唯一の身内である村井さんに、警察から電話がかかってくる。連絡を受けて後始末に奔走するいきさつを書いた『兄のしまい』は大きな反響を呼んだ。新刊の『家族』はその前日譚にあたり、村井さんが生まれ育った一家4人の物語を描く。父が逝き、母が逝き、兄が逝き、いまは村井さんしかいない。
「『兄の終い』を書いてもうすぐ2年になるんですけど、兄が亡くなってからわかったことがたくさんありました。相続放棄を進める過程で古い戸籍をさかのぼって取ったり、親族から話を聞いたりして、知ったこともあります。昔の写真を集めるなかで、自分の記憶を確認したりもできました」
 本の表紙カバーに使われた写真は、兄が亡くなった部屋に飾ってあったもの。アパートの一室で、父の膝に幼い兄が座り、母は村井さんにミルクをあげている。両親は若く、幸福を絵に描いたような昭和の家族写真だ。
「兄は父の膝に座ってすごくうれしそうだし、母は私を抱きながら視線は兄に向けています。うちの家族を象徴する、いろんなことがわかる一枚です」
 一家はこのころ、静岡県の港町で暮らしていた。父は会社勤め、母は祖父の支援でジャズ喫茶を経営していた。駆け落ちのようなかたちで結婚したという2人だが、村井さんの記憶にある両親はいつも帰りが遅く、すれ違い続けていた。やんちゃで問題行動の多い兄に対して父は常に厳しく、母は、そんな兄へと一心に愛情をそそぎこんだ。
 ごくふつうの家族が、取り返しのつかないところまでゆっくりと壊れていくようすを、村井さんは、感傷を排した筆致で淡々と描く。
 父親との確執を抱えた兄は中学生のころから荒れ始めた。高校を中退し、勤めた会社もすぐに辞め、定時制高校に通うが辞めてしまう。
 父が体調を崩したのは村井さんがカナダに留学しているあいだで、病院にはいかず、村井さんの帰国後、吐血して病院に運ばれ、49歳の若さで亡くなった。胃がんだった。父の死後すぐ母は恋人をつくり、子どもとの約束より恋人との関係を優先するようになって、家族はバラバラになる。
 兄は2度結婚し、子どもをもうけるが、離婚。事業にも失敗する。経済的にも兄を支えた母が末期がんだとわかったタイミングで、一番下の息子を連れて東日本大震災後の宮城県に移住を決める。移住した先のアパートで亡くなり、まだ小学生の息子が遺体を発見するのは、『兄の終い』に書かれているとおりだ。
「兄はどうしてあんな風に死ななければならなかったんだろう。兄一人の責任ではなく、そうなる背景がきっとあったはずだと思って、この本を書き始めました。兄の子どもたちに、私だけが知っている兄の姿を書き残しておきたいという気持ちもありましたし。
 亡くなったとき、兄の預金通帳には70円ぐらいしかなかった。70円で死なせたくはなかったな、と思うんです。お金ぐらい送ってあげればよかった。きっぱり関係を断ち切ってしまったことの後悔が、いまでもあります」
 村井さんも結婚し、自分の家族があった。兄に頼まれて何度も送金し、アパートの保証人にもなったが、家賃が支払われなくなり、管理会社から連絡が来たりもした。そういういきさつがあってやむをえず絶った関係だったが、やはり悔いは残るという。
「兄の部屋を撮った写真を、最近ようやく見られるようになったんですけど、子どものころつくったプラモデルが飾られているのに気がついたんです。これが兄の唯一誇れる成果物で、引っ越しをするたびに持っていったのかと思うと、つらい人生を送ったんだな、と思います。あのとき手を差し伸べればよかった、という気持ちはたぶん、この先、一生ついて回るんでしょう」

母は母でしんどかっただろうなと思えるように

『家族』では、自分も含めた4人を手加減せずに書いたつもりだが、一番、書きづらかったのは母のことだったそうだ。
「母については、ちょっと書き過ぎたかな、という気がします。母にはよくわからないところがあり、母が亡くなるときも私は友好的な関係が築けていなかったので。
 いま私はちょうど父が亡くなったときの母の年齢なんですけど、母は母でしんどかっただろうな、とようやく思えるようになりました。父とうまくいってなかった母が、新しい恋に猪突猛進したのも、まあしかたがなかったのかな、って」
 壊れていく家族について冷静に書かれた本でありつつ、いなくなってしまった家族に対する愛情も感じさせる。
「仲の良い時期だって、結構あったんです。4人集まると良くないんですけど(笑い)、私と父、兄と母のコンビはうまくいっていたし、いい思い出もたくさんあります。私がいまこうして生きていられるのは両親や兄ちゃんがいてくれたからで、決して『毒親』ではないんです。その中で兄は、いろいろ割を食ったかなという感じはしますけど」
『兄の終い』にも、今回の『家族』にも、読者からの反響が数多く寄せられているそうだ。
「いろんな年代のかたから、すごくたくさん手紙をいただいています。『兄の終い』には、私も家族の片づけに行ったというかたや、私は行かずに完全に放棄したというかたも。引きこもりの弟がいて、何十年か後に自分が看取ることになると思っていまから心配だという人もいました。
 私、仲良し家族がうらやましかったんです。うちのような問題の多い家族は少数派だと思ってたんですけど、意外にそうでもないんだな、とすごくびっくりしました。家族ってなかなか離れられるものではないし、やっぱり難しいんですね。仲良し家族はそんなにいないとわかって、ちょっとほっとしたところがあります」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 佐野洋子さんの『シズコさん』。静岡弁で書かれてて、結構口が悪いのが面白かったです。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 寿木けいさん。めったやたらに文章がうまくて、大ファンです。

Q3 座右の一冊はありますか?
 宮本輝『錦繍』。何度も読み直しています。昭和の恋愛小説。

Q4 最近見てよかった映画やドラマは?
『徘徊 ママリン87歳の夏』。2000回ぐらい徘徊をくりかえす認知症のおばあちゃんのドキュメンタリー映画で、一緒に暮らす編集者の娘さんが徘徊をするままにさせてあげて追いかけていくんですけど、とても面白かったし、みごとな介護でした。

Q5 最近気になるニュースは?
 受験生を2人抱えているので、コロナ関係のニュースは気になります。出願状況も全然読めません。

Q6 最近ハマっていることは?
 ネットショッピングですね。最近は、長さ180cmの栗の木のダイニングテーブルを買いました。

Q7 趣味は何ですか?
 趣味もネットショッピング。あとは犬の散歩ですね。とくに運動はしていませんが、毎日小一時間、犬を連れて琵琶湖沿いを歩いています。

●取材・構成/佐久間文子

(女性セブン 2022年3.17号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/03/26)

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