【著者インタビュー】原田ひ香『財布は踊る』/カードのリボ払いの負債化や奨学金返済問題など、読めばお金の知識が身につくエンタテインメント小説

『三千円の使いかた』が60万部突破の大ベストセラー中の著者が再びお金を題材にした最新刊についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「もし困っている若い人が近くにいたら‥‥自分なりの答えを小説に書きました」

『財布は踊る』

新潮社 1540円

会社の同僚と結婚をし、ひとり息子にも恵まれ、専業主婦として穏やかに暮らす葉月みづほ。食費を抑え、洋服はメルカリで買う節約に勤しむ彼女の夢は、いつか憧れのハワイへ行ってヴィトンの長財布を買うこと―。目標の60万円を貯めて夫を説得して念願のハワイで財布を手に入れるが‥‥。みづほが金策のために手放した財布はその後、次々と持ち主を変えて‥‥知らず知らずのうちにお金の知識まで身につくエンタテインメント小説。

原田ひ香

(はらだ・ひか)1970年神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」でNHK創作ラジオドラマ大賞受賞。’07年「はじまらないティータイム」ですばる文学賞受賞。著書に『ラジオ・ガガガ』『ランチ酒』『三千円の使いかた』『DRY』『まずはこれを食べて』『口福のレシピ』『そのマンション、終の住処でいいですか?』『古本食堂』ほか多数。

美容院でたまたま節約術の載っている雑誌を渡されて

『三千円の使いかた』(中公文庫)が目下60万部の大ベストセラーになっている原田さん。新刊『財布は踊る』も、お金にまつわる小説である。  物語を展開させるカギになるのがルイ・ヴィトンの長財布だ。主婦がコツコツお金を貯めて憧れの財布を買ったものの、すぐ手放すはめに。メルカリに出品された財布は別の人に買われるが、すぐまた違う人のものになる。巡り巡っていく先々で、さまざまな事件が起こる。
「有吉佐和子さんの『青い壺』という小説があるんです。ある陶芸家がつくった壺が、どんどんいろんな人の手に渡っていくんですけど、すごく面白くて、こういう感じの小説を書いてみたいなと前から思っていました。『三千円の使いかた』を書き終えて、お金についてのエピソードはまだまだあったので、この2つをあわせて小説が書けるんじゃないかな、と思いました」
 家計の節約術や限られた資金を増やす投資のやりかたなど、小説に出てくるエピソードが具体的。原田さんは長年、女性雑誌の節約術を読み込んできたそうだが、出会いは偶然だった。
「小説家になって少ししたころ、美容院でたまたま、節約術の載っている主婦雑誌を渡されたんです。『すてきな奥さん』も『おはよう奥さん』も、いまは2誌ともなくなってしまいましたけど、それまでまったく知らない世界で、すごい、絶対、小説のネタになると思いました。ただ、そのころ書いていたのは純文学の文芸誌だったので、題材をうまく小説化できなくて。ようやく節約を主題に小説にできたのが、『三千円の使いかた』です」
 原田さん自身も出版社サイドも、『三千円の使いかた』がここまで売れるとは予想していなかったそう。老後2000万円問題に関心が集まっていることや、コロナ禍で自宅にいる時間が増えたことなど、状況の変化もヒットを後押ししているようだ。
 コロナは、本の内容にも少なからず影響している。小説の第一話で、主婦のみづほは、お金を貯めて家族でハワイに行き、アラモアナショッピングセンターで財布を買う。本当なら財布はその後も世界各地を転々とする予定だったが、コロナの影響で海外渡航が難しくなり、運命の財布は国内をぐるぐる回ることになった。
『財布は踊る』には、カードのリボ払いの負債化や、情報商材詐欺や特殊詐欺、奨学金の返済問題、素人大家といった、お金を巡るさまざまな現代的なトピックスが扱われ、いまの時代を映し出す。
 たとえば、みづほの夫は、手数料の名目で年利15%のリボ払いを続けて、気づかないうちに200万円以上の借金を抱えていた。毎月3万円ずつ返済するリボ払いのことを、「サブスクみたいなもんでしょ」と言い放つ彼は、問題の重大さをなかなか認識できない。
「『これってサブスクじゃん』って言ってる若い人が実際にネット上にいたんですけど、もちろんサブスクとは違います(笑い)。街金以上の金利を払うことになるリボ払いの手数料についてはたびたびニュースにもなっていますけど、意外とみんな仕組みをよく理解していないみたいで、『この小説を読んではじめてわかりました』という人が結構いました。私自身も経験がありますが、スマートフォンの契約をするとき、本体が安くなるからと、リボ払いのカードの契約も一緒にすすめられたりするんですよね。私は翌月すぐ解約しましたけど、ずるずる使い続ける人もいます」

奨学金の問題は絶対書こうと思っていました

 お金についての正しい知識がなければ大企業からもだまされかねない。そう考えると、いまの世の中は、永遠に続くコンゲーム(だましあい)の中にいるようでもある。
 小説には、奨学金の返済に追われ、就職してからも節約生活を強いられる2人の女性、麻衣子と彩が登場する。彼女たちは、4年制大学を卒業したはいいが、不況で就職先に恵まれなかった。奨学金ではなく親から進学資金を借り、少しでも返済が遅れるとガンガン電話がかかってくるという同僚の話も出てくる。借りる方、貸す方、どちらにも余裕がない現実が、せつない。
「奨学金の問題は絶対書こうと思っていました。大学を出た時点で数百万円借金を背負って、結婚はあきらめている、という話を何かで読んで、かなり胸に沁みたんですね。私たちの世代だと親が学費を払うことが多かったのですが、いまの親世代だと、老後を考えると大学の学費は出せないという人が少なくないのかもしれません」
 麻衣子たちの生活をなんとか立て直すべく、知恵を絞って裏技を伝授するのが、ライターの善財夏実だ。
「もし困っている若い人が近くにいたら、私だったらどうアドバイスするだろうと、いろいろ考えて出てきた自分なりの答えを小説に書きました。職業的に自分に近いということもあって、登場人物の中でも思い入れがあるのは夏実ですね。フリーランスとして、書き続ける場を変えなきゃいけない、といった彼女の状況も、自分と少し重なるところがあります」
 すべて本当のことを書いているわけではないけど、「本当の欠片から派生した物語なので嘘ではありません」と原田さんは言う。
 主婦のみづほが実践する節約料理や、彼女が手がけることになる不動産投資の方法ひとつとっても、堅実で、リアリティーがあり、小説の読みどころのひとつとなっている。
「節約料理は結構、得意ですよ。ひき肉を買うのではなく、100グラム38円の鶏むね肉を買ってきて、自分でひき肉にしたりしていたんですけど、肉をひいた後のブレンダーを洗うのがすごく大変で、1年ほど前に、『もういいかな‥‥』と思ってひき肉を買うことを自分に許しました(笑い)。でも、そうやって工夫するのはいまも好きですね」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 藤野千夜さんの『団地のふたり』(U-NEXT)。作家になる前から一読者として藤野さんに憧れていました。新作に出てくる女性ふたりはちょうど私と同じくらいの年で、なんだか一緒に暮らしているような気持ちになりました。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 最近だと寺地はるなさん。村上春樹さん、井上荒野さんもずっと好きです。

Q3 座右の一冊は?
 有吉佐和子『悪女について』を久しぶりに読み返して、ひとりの女性がいろんな顔を見せるような作品を、私もいつか書いてみたいなと思いました。

Q4 最近見て面白かったドラマや映画は?
 ごく普通ですけど、『シン・ウルトラマン』。『トップガン マーヴェリック』も良かった。高校1年生のとき学校の映画教室で、朝早くに開けてもらった映画館で『トップガン』を見たんですけど、みんなでヒューヒュー言いながら見た記憶が一瞬でよみがえりました。

Q5 最近気になるニュースは?
 TKOの木下隆行さんがベトナムで270万円のスリ被害にあったこと。なんで270万円も?と思ったら、お財布自体がエルメスの220万円もする、お金持ちの財布として有名なもので、それに50万円入れていたらしいです。

Q6 最近ハマっていることは?
 AuDeeや GERAなどのラジオアプリ。GERAはお笑い芸人に特化したラジオで、売れてないころの錦鯉さんの過去の録音も聴けたりします。スポンサーになれて、お金を出すと名前を読んでもらえたりも。

Q7 運動はしていますか?
 ウオーキングぐらいです。1日5000歩ぐらいは歩きたいですけど、こう暑くてはなかなか‥‥。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/浅野剛

(女性セブン 2022年8.18/25号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/08/18)

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