今月のイチオシ本 エンタメ小説 吉田伸子

『みちづれはいても、ひとり』
寺地はるな
光文社

 弓子は夫と別居中で、一年ほど前から川沿いにあるアパートで暮らしている。弓子の部屋の隣人は楓という女性で、ひっそりと日々を送る弓子とは対照的に、部屋を訪れる男性が後を絶たない。

 安普請のアパートは、壁越しに楓と男性の・営み・の物音が漏れ聴こえてくるのだが、弓子は「隣室でことが始まると耳栓をする、あるいはイヤホンで音楽を聴く」ことにしている。何しろ、弓子の性欲のピークは三十代前半だったのだが、楓は「ずっとピークが続いている」というのだから、しょうがない。「ピークの真っ只中を生きている人間に他人がとやかく口を出すものではない」と弓子は思っている。

 物語は弓子視点の章と楓視点の章があるのだが、この弓子視点の冒頭から物語に引き込まれてしまう。何より、自分とは生き方も価値観も暮らし方も異なる隣人を、さらりと受け入れている弓子がいいのだ。

 やがて、二人は、別居をはじめてから一ヶ月後に失踪した弓子の夫の消息を訪ねに、夫が生まれ育った島へと旅をすることに。

 弓子と楓、それぞれの背景にドラマがあって──夫との別居はもちろん、弓子の母は不安定な心を抱えながら生き、弓子が二十五歳の時、マンションの十階から飛び降りて死んでいる。楓は、付き合っていたヒラツカさんとの別れが思った以上にダメージだったところに、前の職場の上司からストーキング行為をされている──、それぞれに抱えるものがあるのだが、そのことにはお互い踏み込まない。自分のものは自分で抱える、という、二人のそのスタンスが、堪らない。弓子三十九歳、楓四十一歳、という年齢設定も絶妙だ。

 果たして、弓子は島で夫を見つけられるのか、楓は新しい恋に出会うのか。唯川恵さんの『肩ごしの恋人』、角田光代さんの『対岸の彼女』、大島真寿美さんの『戦友の恋』に連なる、新たな女子友情小説の金字塔、それが本書だ。上等なお塩を隠し味にして、丁寧に作られたおはぎのような滋味深い一冊。必読!

(文/吉田伸子)
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