『悪名残すとも』

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西国一と称された武将は

なぜ主君を討ったのか―

魂を揺さぶる歴史長編

『悪名残すとも』

悪名残すとも

KADOKAWA 1900円+税

装丁/大原由衣 装画/小島文美

吉川永青

※著者_吉川永青

●よしかわ・ながはる 1968年東京生まれ。横浜国立大学経営学部卒。会社勤務の傍ら37歳で投稿を開始し、11年に第5回小説現代長編新人賞奨励賞受賞作『戯史三國志 我が糸は誰を操る』でデビュー。同シリーズ『我が槍は覇道の翼』『我が土は何を育む』の他、『時限の幻』『義仲これにあり』『誉れの赤』『天下、なんぼや。』『闘鬼 斎藤一』『化け札』等。173㌢、88㌔、A型。

 

勝つか負けるかわからない戦いの中で

選択し、決断した結果が歴史なんです

私心など微塵もなかった。

むしろ主君を慕い、お家や領民を思えばこそ、〈主君押し込み〉という名のクーデターを挙行した人物として、吉川永青氏は『悪名残すとも』で陶隆房を描く。

筆頭家老職にあった隆房の決断は結果的に大内義隆の自害と大内家滅亡を招き、歴史に汚名すら刻む。美形を好んだ義隆に寵童として仕え、19で家督を継いだ彼が初陣を飾ったのは天文9(1540)年、20歳の時。本書では、尼子勢の猛攻を安芸国衆・毛利元就と共に退けた「吉田郡山城の戦い」からその生涯を書き起こし、〈一本気〉ゆえに敵を作ることも多かった若き美丈夫の苦悩に光を当てる。

西国の雄・大内がいつか天下を取る日を夢見ながら、主君の堕落に心を痛める隆房の失意は、現代の我々から見ても同情して余りある。その時、〈進んで悪名を頂戴せん〉とした彼の決断も、一つの道ではあったのだが。

10年に小説現代長編新人賞奨励賞を42歳で受賞して以来、既に12作を発表。三国志、伊達政宗、鴻池新六等々、扱う時代も幅広いが、題材選びは常に「テーマありき」だという。

「今回で言えば、敗者にも敗者なりの正義があるはずだという主題がまずあって、一話完結の物語をいくつか並べた時に戦国通史になるようなシリーズを考えた。特に信長登場以前の下剋上的な空気は避けて通れませんし、それを最も体現しうる人物の一人が、下剋上をした経験も、された経験も両方持つ、陶隆房でした」

舞台は戦国前夜の西国全域。大内家は義隆の居館・築山館のある周防山口を拠点に、東は安芸や備後、西は筑前や豊前までを手中に収め、山陰の雄・尼子勢と鎬を削っていた。

眉目秀麗で知勇に優れた隆房は義隆からの信も厚く、岳祖父・内藤興盛や元就ら、年長の相談者にも恵まれていたが、どうにも相容れないのが右筆・相良武任だ。

やれ連歌だ、饗応だと、風雅に耽るこの男を義隆は寵愛し、尼子攻めの評定にまで口を出させた。尼子経久の死に乗じて一気に敵を叩こうとした隆房の案は結局、〈調略をしながらの行軍〉へと骨を抜かれ、月山富田城の大敗、そして撤退と、1年3か月の歳月を無にする格好となるのだ。

しかも松江からの敗走中、養嫡子・晴持が事故死。義隆は腑抜け同然になってしまう。そこで新しく豊後の大友から養子・晴英を迎えた矢先、側室・小槻氏が男子、亀童丸を産むのである。

隆房は相良との不義密通を疑い、御前で斬りかかるほど対立するが、最も憎いのは、散財を諫めても〈天役で何とでもなろう〉と聞く耳を持たないまでに義隆を堕落させたことだ。領民は度重なる天役(臨時徴税)で疲弊しており、思い詰めた隆房は主君に隠居を迫る押し込みを画策。やがて敵対する杉重矩までが賛同するに至った。決起の時は天文19年9月15日。しかしこの決断すら、元就に言わせれば〈手ぬるい〉のである。

悲しいかな人間

には限界がある

「隆房は真の悪党にはなりきれなかったと思うんです。結局、天文19年の決起は内通者がいて失敗し、翌年の大寧寺の変で結実しますが、義隆と嫡子・亀童丸の死後、晴英を呼び戻して当主に据えた隆房はなおも大内による西国支配と天下を夢見ていたんだと思う。元就はそこが甘いと言うわけで、2人の間には致命的なズレが生まれていきます」

かつて元就は隆房に言ったのだ。〈戦乱とは、世の中が生まれ変わるための苦しみではござらぬか〉〈この苦しみを生き抜かば、必ず、笑って暮らせる平穏がある〉と。

が、共に夢見た〈明日〉の姿は、大内の名に固執する隆房と、新たな枠組みを模索する元就の間で食い違い、天文24年、反旗を翻した毛利勢と厳島で対峙した隆房は35年の生涯を閉じる。

しかしなぜ隆房も元就も真意を察し合うばかりで、皆まで言わないのだろう。両人とも有能な英傑だけに、訣別が惜しまれてならない。

「僕らの日常でも、家内ならわかってくれると思ったら、全然わかってなかったりしますから(笑い)。肝胆相照らす仲だからこそ、察してほしいこともある」

その点、亀童丸が不義の子ではないかと疑う隆房が、ある家臣にだけ秘密を明かし、〈人の心が目に見えれば楽なのですが〉と言われるシーンが面白い。吉川氏は〈隆房は「おや」と思った〉〈しかとは分からぬが、大事なことを聞いた気がした〉と先を続け、心の見え方をむしろ逆手に取って謀反に突き進む隆房を描く。

「一方元就も隆房の言動からズレを察し、彼を見限るわけですが、彼らは勝つか負けるか、わからない中で悩み、決断しているわけで、その結果と結果の間でもがく人間臭い姿を、僕は小説に書いていきたいんです」

かく言う氏自身、小説を書き始めたのは37歳の時。

「社内で裏方の仕事をしてきたせいか、自分が何の役に立っているのか、わからなくなっちゃって。それでも文章だけは人より尖っている気がして作家を志しました。誰もが結果の見えない中で戦っているのは同じ。隆房の死後、〈天下への欲を持ってはならぬ〉と息子たちに命じた元就にも全部は見通せなかったように、人間には悲しいかな限界がある。でもその選択や決断の結果が、歴史なんです」

そんな隆房なりの正義を思ってか、氏は〈天意ではない〉〈人の世は人が動かすものぞ〉と最期に言わせている。自らと同じく悩み、戦い抜いた、時代を超えた友に寄り添うかのように。

□●構成/橋本紀子

●撮影/三島正

(週刊ポスト2016年2・26号より)

 

 

 

 

初出:P+D MAGAZINE(2016/02/26)

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