『ドルフィン・ソングを救え!』
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
バブル期まっただ中の
渋谷を舞台に、奇才が放つ
タイムスリップエンタメ!
『ドルフィン・ソングを救え!』
マガジンハウス 1300円+税
装丁/鈴木成一デザイン室 装画/岡崎京子
樋口毅宏
●ひぐち・たけひろ 1971年東京・雑司ヶ谷生まれ。出版社勤務を経て09年『さらば雑司ヶ谷』でデビュー。『民宿雪国』(山本周五郎賞・山田風太郎賞候補)『テロルのすべて』(大藪賞候補)『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』等話題作多数。6月に結婚。先月長男が誕生し、育児に奮闘中。「寝られないし筋肉痛は酷いし、みんな恋愛や結婚をあんなに書くなら、その先の育児がどんだけ大変かも書いてくれないと!」。172㌢、66㌔。
0からは何も創れないことに気づく
一つのきっかけが彼らの音楽でした
〈愛があればオマージュ。なければただのパクリ〉
『民宿雪国』や『テロルのすべて』、『タモリ論』等々、樋口毅宏氏(44)の作風にも通じる、まさに至言だ。
「もしくは元ネタがバレると困るのがただのコピペ、逆にバレてくれないと困るのが、僕の小説ですね」
最新作『ドルフィン・ソングを救え!』では、その高い音楽性やファッション全てが若者から支持された伝説のユニット、その名もドルフィン・ソングが登場。彼らが実質1年半の活動に突然終止符を打ち、あろうことか殺人事件の被害者と加害者となって世間を驚かせた91年当時、高校生だった主人公〈前島トリコ〉が、失意の中で自殺を図る2019年から、物語は始まる。
目が覚めるとそこはいつになく人気のない渋谷。なぜか大盛堂書店がマルイの隣にあってQフロントはない。テレビでは小渕恵三が「平成」と書いた紙を掲げていた……。こうして愛してやまなかったバンドが世に出る前の89年1月にタイムスリップした45歳、結婚歴ナシ、フリーターの彼女は、事件を未然に阻止すべく、生き直しを図る!
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通称フィンドルことドルフィン・ソング。ボーカルの〈島本田恋〉と、ギターの〈三沢夢二〉は、〈細身で可愛い顔をしていて、雰囲気もよく似ていた〉とあり、あの2人組を連想させる。
「というか、完全にフリッパーズ・ギターですよね。恋と夢二は『ラブ・アンド・ドリーム』だし、あ、このセリフはあの歌詞だなって、わかる人にはわかるはず。
とにかく解散当時、大学1年だった僕には、彼らの物語が突然断ち切られたことが物凄くショックだったんですよ。当初はそこまで熱心でもなかったんですが、『ロッキング・オン・ジャパン』の編集長だった山崎洋一郎さんの『次のロックの担い手である彼らが解散した損失は計り知れない』という物凄い熱量の文章に触発されて、解散後の2人を追いかけた。ビートルズにしても解散も含めて一つの作品だったりするし、僕は『青春の終わりとは好きなバンドが解散することである』という考えなので」
また、タイムスリップもすでに多くの小説や映画でおなじみの装置ではあるが、注目は夢二が恋を刺殺し、死刑に処せられる現実を、トリコがそうではない現実に変えようとすることだ。
「80年の12月8日に戻ってダコタハウスの前で待ち伏せしたいビートルズファンは世界中にいるし、一切のifを拒む歴史に働きかける創作物も多い。でも実際は歴史に関与できずに終わる人がほとんどで、あの時あっちを選んでいればと、個人レベルでも思っちゃうから、タイムスリップものには常に需要も供給もあり続けるんだと思う」
動機には音楽上の諍いやあるアイドルの取り合いもされ、トリコは何としても夢二が恋を殺す91年10月27日までに彼らと接触したい。が、身分一つ証明できない彼女はバブルのさなか、それでも雇ってくれたスーパーで働き、怪しげな中国人から偽造パスポートを買ったりもした。その間、憧れの音楽誌に投稿記事が掲載され、世界的人気バンドの〈口パク〉を見破って売れっ子ライターとなったトリコは、晴れて恋と夢二と会う日を迎えるのである。
30年後の音楽シーンにも通じる〈サブカルクソ女〉にとって彼らの楽曲が誰の何をサンプリングしたかは半ば常識だったが、本来は取材嫌いな恋と夢二が自分にだけは心を開き、レコーディングでは意見すら求めた。彼女にすればそれだけで幸福の絶頂だが、さらに二回りも若い2人から求愛までされるのだから、つくづくファン心理は侮れない。
「……ホント、ご都合主義も甚だしいですよね(笑い)。ただ、音楽性がどうのと言っても結局は欲望の対象なんですよ。そうでなきゃ木村カエラが出産した途端、売り上げが落ちるはずがないし、“ましゃロス”や“プロ彼女”もそう。欲しいのは自分との関係なんです」
歌も小説も映画も
模倣の歴史だった
〈「すべての音は鳴らされてしまった」と、ジョン・レノンは生前語っていたが、ポスト・モダン以降、彼らの音は時代の必然だった〉とある。巻末に必ず自身が影響を受けた小説や漫画、映画や音楽への夥しい賛辞を並べ、露骨な引用やパスティーシュによって独自の作品世界を形作る口氏が、同じくサンプリングや換骨奪胎を常としたフリッパーズ・ギターを題材にしたこと自体、まさに必然だ。
「元々ひねくれているから彼らが好きなのか、好きだからこんな人間になったのか、わかりませんけどね。
最初は僕も元ネタがあるなんて知らなくて、初めて知った時は『された』とすら思った。ところが歌の力ってズルいと思うのは、それでもやっぱり好きなんですよ。そのうちビートルズも佐野元春も先人の影響をモロに受けていることに気づき、小説や映画も模倣の歴史だった。『タモリ論』でも書いたように、まなぶはまねぶで、0からは何も創れないことに気づく一つのきっかけが、僕の場合は彼らの音だったんです」
バブルの狂騒や90年代の音楽シーン等々、虚実織り交ぜた物語は、トリコが死を選ぶほど絶望した過去=未来とどう切り結ぶかを軸に進む。〈椎名林檎にもなれず、本谷有希子にもなれず、谷亮子にもなれず〉〈特に、宇多田ヒカルが憎かった〉彼女は、未来のヒモ〈俊太郎〉と結局は同棲し、彼が15歳の自分に手を出す現実すら変えられないかもしれないことに焦りながらも、この時代に自分がいる意味を考えた。〈実は時間が意思を持って、ときどきこうやって誰かを選んで、時系や歪みを直しているのではないか〉〈信長→秀吉→家康の流れとか、明治維新とか日本敗戦といった歴史的事実も、実は何者かが変えたことに、誰も気づかずにいるのではないか〉〈歴史よ、私はおまえの言いなりにはならない〉と。
まるで作家・樋口毅宏の成分構成表さながらに作品中に横する引用の類も、そこから次の歴史を紡ごうとする意思の表れであろう。
「ジョン・レノンもオノ・ヨーコと会ってから各国の左翼運動家に出資してFBIに睨まれたくらい感化されやすかったけど、僕も自分がないし、すぐ人の影響を受けるんです(笑い)。ただ、小沢健二や小山田圭吾の歌詞を使うことはあっても、EXILEの詞は1行も使うことはないかな」
と半ば開き直る彼の作品の、なんと面白いことか!確かにこれぞ愛のなせる業である。
□●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト2015年12月25号より)
初出:P+D MAGAZINE(2016/01/09)