『墓標なき街』

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映像化でも話題沸騰!

大人気シリーズ

13年ぶりの完全新作

『墓標なき街』

墓標なき街

集英社 1800円+税

装丁/岡 孝治

逢坂 剛

※著者_逢坂剛

●おうさか・ごう 1943年東京生まれ。中央大学法学部卒。博報堂在籍中の80年、『暗殺者グラナダに死す』でオール讀物推理小説新人賞。翌年初著書『裏切りの日日』を発表し、『百舌の叫ぶ夜』『幻の翼』『砕かれた鍵』『よみがえる百舌』『鵟の巣』本書と、シリーズは累計240万部を突破。86年の『カディスの赤い星』で直木賞・日本推理作家協会賞・日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。13年日本ミステリー文学大賞、15年『平蔵狩り』で吉川英治文学賞。170㌢、76㌔、A型。

 

小説上のリアリティと現実的で

あることは全くの別物なんです

残虐非道な殺人鬼・百舌こと、〈新谷和彦〉は死んだ。主人公〈倉木〉や、〈津城〉も死んだ。シリーズ第4作では『よみがえる百舌』すら死んだ今、標的の首筋を〈千枚通し〉で一突きにし、現場に〈黒褐色の地に黄褐色の筋のはいった〉羽根を残す手口だけで、〈百舌復活〉を確信させてしまうところが、逢坂剛作・百舌シリーズの凄さであろう。

倉木亡き後の〈大杉〉や〈美希〉の物語を切望する声は今も絶えず、昨年公開の映画『劇場版MOZU』も大ヒットを記録する中、本書『墓標なき街』は書かれた。序章となる公安小説『裏切りの日日』から34年、百舌が初登場する『百舌の叫ぶ夜』から約30年が経ち、前作『鵟の巣』からは13年ぶりの、最新作刊行である。

生き残った大杉や美希、東都ヘラルド記者〈残間〉らが追うのは、ある人物のタレこみに端を発した鉄鋼商社の〈不正武器輸出〉と、なおも出没する百舌の影。百舌も黒幕も、誰かが死ねば次の誰かが現われ、悪は決して、絶えることがない。

ドラマ及び劇場版では、孤高の公安警部・倉木尚武を西島秀俊、後に探偵となる元捜査一課刑事・大杉良太を香川照之が好演。真木よう子の旧姓・明星美希役や池松壮亮のダブル新谷役も、広く話題を呼んだ。

「私は脚本や配役にも一切口は出さないし、映画人が活字をいかに料理するかに、むしろ興味があるんです。特に百舌は昔から映像化は難しいと言われてきたし、手離れした子供が思いがけず出世したような感覚もある。昔、横溝作品に映画で火がつき、70代で再び脚光を浴びたことがあるけど、私ももう当時の横溝さんと同年代だもんなあ……」

初著書『裏切りの日日』の刊行当時、公安はおろか警察の暗部自体、描かれることは少なかったという。

「要は人のやらないことをやりたがるのが作家でね。ただし私はそれを資料と想像力だけで書いてきたし、書斎から一歩も出なくても書けるのが作家。小説上のリアリティと現実的であることは、全く別物ですから」

例えば残間からの依頼で疑惑をタレこんだ匿名人物を尾行中、美大講師の傍ら大杉の助手を務める〈村瀬〉と、警視庁生活経済特捜部に勤務する大杉の娘〈東坊めぐみ〉が、それぞれ客を装って入る五反田の洋食店〈グランエフェ〉。密告者が鉄鋼メーカー〈三京鋼材〉〈石島〉だと突き止めた大杉たちは、同社を内偵中の娘とその相棒〈車田〉とつかず離れずで監視を続けていたが、注目はモデルの洋食店に出口が2つあり、どちらの路地にも出られる構造に、氏が着目した点だ。

「五反田に実際ある洋食店であの構造を見た時に、これは尾行対象がどちらに出るかわからないし、ヘタするとまかれるぞ、ってね。他にも実名で書いた銀座のとんかつ屋・不二は本当に安くてうまいし、本筋とは関係ない会話とか遊びが、実は結構、大事なんです」

読者からすれば、あれほど父親に反発していためぐみが警官になり、洋食屋で隣り合わせた村瀬に〈おいしいですね〉とさりげなく言える女性に育ったことが、身内のように嬉しい。また探偵業が板についた大杉と、夫・倉木の死後公安に戻った美希も、互いの家を行き来する仲ではあるらしい。

ある日、大杉と別れて帰宅した美希は何者かに襲われる。首筋を刃物がかすめた瞬間、たまたま後を追った大杉に助けられたが、現場に残された羽根にゾクリとさせられるのは、何も彼らばかりではない……。

百舌も黒幕側も

代替可能な装置

さて読者にはおなじみの百舌事件も、作中では現場の警官すら知らないトップシークレットらしく、上層部がひた隠す不都合な事件に関して、残間が元上司で、右派系雑誌編集長〈田丸〉から原稿を依頼されたことが事の発端だった。しかも田丸は、美人刑事が警察庁キャリアを誑かし、押収品を横流しした〈洲走かりほ事件〉の証拠となるテープを渡すと約束したまま、遺体で発見されたのだ。

田丸は洲走事件で死んだ民政党前幹事長〈馬渡久平〉のブレーンで、今回の一件にも〈警察省〉創設を目論む現幹事長〈三重島茂〉らの内紛が絡むと思われた。やがて五反田で石島と会っていた男までが同じ手口で殺害され、府中郊外の瀟洒な〈別邸〉、車椅子に乗ったの人物〈黒頭巾〉等々、物語は後半、一気に動く。

「要は百舌も黒幕側も代替可能な装置なんです。だから最後まで読んでもや伏線が回収されない。でも実際そうでしょ。犯人やトリックは解明できても悪が滅ぶことはなく、その象徴が何度も甦る百舌なんです。30年経って、私もようやく気づいたんだけど(笑い)」

その30年で作中に描かれてきた権力の腐敗や右傾化は、今や現実と化した。

「見るべきものを見れば30年前も今も大して変わらないし、むしろ私の拘りは悪徳警官物と人間消失トリックを合体させたり、時制のズレで読者を幻惑したりする小説手法にあるんです。

今回も武器輸出を〈防衛装備〉〈移転〉と言い換え、あの手この手で三原則を骨抜きにする政府の動きを書いていたら、例の法案が通っちゃったんだけど、私はどこか乱歩風の黒頭巾の不気味さだとか、造形認識能力がやけに高い村瀬の活躍を純粋に楽しんでくれればそれで嬉しい。これはあくまで、小説ですから」

とはいえ、本作でも回収不能な悪の残像がさらなる続編を求めさせるのも事実。この世に闇が蠢き続ける限り、百舌の物語は幸か不幸か、古びることはない。

□●構成/橋本紀子

●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2016年1.15/22号より)

初出:P+D MAGAZINE(2016/01/24)

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