【こっそり読みたい禁断の世界】官能的、暴力的な暗黒小説

裏社会で生きる人々や犯罪者を主人公に据えた作品を指す“暗黒小説”(ノワール小説)。心に抱く怒りや愛情、犯罪を描いた暗黒小説は、刺激を求める人にぴったりです。そんな官能的、暴力的な表現が癖になる暗黒小説をご紹介します。

ピュアな恋愛小説や、爽快感のある青春小説もいいけれど、今日はちょっぴり刺激的な小説を読みたい……、P+D MAGAZINE読者の皆さまの中には、そんな願望をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

そんな方々にP+D MAGAZINE編集部がおすすめしたいのは、裏社会で生きる人々や犯罪者を主人公に据えた作品を指す“暗黒小説”(ノワール小説)。「ノワール」がフランス語で「黒」を意味する通り、心の闇を真正面から描いているのが特徴です。

暗黒小説の核となるのは、激しい怒りや歪んだ愛情、犯罪に手を染めてしまう心の弱さ。それらは誰しもが隠し持っているかもしれません。暗黒小説の登場人物たちは、決して自分と無関係ではないのです。

今回は、暴力的、官能的な表現が癖になる暗黒小説をご紹介します。

 

血塗られた“ダイナー”を舞台に、殺し屋たちのドラマが始まる。/『DINER』

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【あらすじ】
30万円という報酬に目がくらみ、闇サイトの儲け話に乗ってしまったオオバカナコ。しかし儲け話は失敗、壮絶な拷問を受けたカナコは使い捨てのウェイトレスとして会員制のダイナー(北アメリカに多く存在する大衆食堂のこと)に売り飛ばされる。しかしそこは、プロの殺し屋だけが入店を許可される、危険な場所だった……

2019年に実写映画化が公開される、平山夢明ゆめあきの『DINER』。主人公のカナコは、軽い気持ちで闇バイトに手を出したことをきっかけに、殺し屋が訪れる会員制ダイナー、“キャンティーン”のウェイトレスとして売り飛ばされます。

「ここは殺し屋専門の定食屋ダイナーだ。お前の客はすべて人を殺している。おまえは人を殺した人間から注文を取り、人を殺した人間に料理を提供し、人を殺した人間にコーヒーを注ぎ、つまり人を殺した人間をくつろがせる。気難しい奴が多い。極端な話、皿の置き方ひとつで消されることもあるだろう。おまえは自分が助かったつもりでいるのかもしれないが、それはいま、ここでというだけの話だ。おまえがこの店で最初のウェイトレスというわけではない。先週まではちゃんといた。先週の金曜までは……」

キャンティーンの料理人、ボンベロは、出会って早々カナコにこう告げます。かつてキャンティーンで働いていた8人のウェイトレスは、機嫌を損ねた客に始末されており、自分もいつ殺されてもおかしくない……殺されずに済んだと思いきや、カナコは一瞬たりとも気が抜けない極限状態におかれていたのでした。

誰もが夢中になるほどの料理の腕前を持つ寡黙な元殺し屋のボンベロをはじめ、キャンティーンに関わる人間たちはどこか壊れたキャラクターばかり。その中でカナコは、客に斬りつけられ、ボンベロから拷問を示唆されても、屈することはありません。

ボンベロはカートを引き寄せると上に載っていた皮袋を広げた。なかには先程、キッドが使っていた道具に似たものが並んでいた。そのなかのひとつ、やたらに先の長いアイスピックのようなものを取りあげた。
「これをゆっくりと鼻に入れる。俺はそれをとても巧くすることができる。鼻の奥の粘膜を突き破り、副鼻腔ふくびくうを砕いて眼球の裏を傷つける。痛みに耐える訓練を受けた男でも悲鳴をあげるし、心臓麻痺で死ぬ者もいる」

キャンティーンにやってくる前のカナコは、退屈な毎日をやり過ごすだけの平凡な女でした。そんな彼女が「楽に大金が手に入る」美味しい話に飛びつくのも、ごくごく自然な流れだったのかもしれません。その浅ましさが結果として悲劇を招きますが、どんなに酷い仕打ちを受けようとも、「絶対に生き延びてやる」という強い意志を持って平然と立ち向かうほどに成長するカナコの姿には、頼もしさを感じることでしょう。

 

歌舞伎町に生きる男の、嘘と恋。/『不夜城』

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【あらすじ】
しがない故買屋(盗品であることを知りながら、売買を行う質屋のこと)を営みながら、歌舞伎町の裏社会で生きる健一。健一はかつての相棒、富春が歌舞伎町に戻ってきたことを知る。やがて部下を富春に殺された上海マフィアのボスから「富春を3日以内に連れてこい。できなければ、お前を殺す」と命じられる健一。そんな頃、富春を知る謎の女性、夏美から連絡を受けるのだった……

日本を代表する暗黒小説の巨匠、馳星周。馳は新宿の歌舞伎町を舞台に、裏社会の抗争を描いた『不夜城』で、華々しいデビューを飾りました。

『不夜城』の主人公は、日本と台湾のハーフである劉健一。台湾人の父と死別した後、母と身を寄せた歌舞伎町で生きて行くため、あらゆる知識を得ます。日本語と北京語を話せるほか、日本国籍を持つ健一は歌舞伎町で商売を行うのに重宝されますが、ハーフという身の上は日本人社会・中国人社会のどちらにも馴染むことはできません。それゆえ、健一は自分だけを信じて生きていました。

そんな健一は旧友の富春が持ち込んだトラブルに巻き込まれるうち、彼と恋愛関係にあった女性、夏美と知り合います。彼女は盗んだパスポートにあった名前を名乗るような、偽りに満ちた女性でした。

旧友を取引の材料にしなければ、自分の命が危うい……そんな状況で健一はあらゆる勢力に働きかけ、マフィアたちを相打ちにすることを目論みます。行動をともにするうち、健一と夏美は、いつしかお互いに惹かれていくのでした。

「わたし、もう待たないよ。抱いて。わたしを健一の女にして。そして二度と変なことを聞かないで」
「抱いたからっておまえがおれの女になるわけじゃない。たとえおれの女になったとしても、それがおまえを無条件に信じる証明になるわけでもない。たぶん、どこまでいってもおれはおまえを信じないだろう。信じてやりたいが、信じられないんだ」
「嘘つき。わたしを抱きたいっていったくせに。健一は意気地なしよ」
夏美の目が燃え上がった。瞳の奥にお馴染みの憎悪と怯えが核になった炎がちろちろと燃えていた。その目をみた瞬間、おれの中でなにかが弾け、おれは夏美に腕を伸ばしていた。
「け、健一!?」
夏美のブラウスのボタンを引きちぎった。布の裂け目から大きくはないが張りがあり形のいい乳房がこぼれ出た。おれはその乳房を思い切り握りしめた。
「いたい……痛いよ、健一。優しくして……」
乳房を握り締めながら、夏美を四つんばいにさせた。喘ぎながらジーンズを引き下ろした。限界だった。ペニスをもどかしい手つきで引っぱりだし、夏美のパンティの隙間から押し込んだ。

富春は別れてもなお夏美に執着を見せる一方、夏美と健一は急速に惹かれ合います。いつ何があるかわからない世界で生きる彼にとって、特定の女を愛し続けることは無意味。そして、健一は夏美を知れば知るほど、富春と彼女の関係に矛盾が生じることに気がつき……。そんな裏社会を生きる男と、彼が愛する女を中心とした、スピード感あふれる物語は、読者を夢中にさせます。

 

普通の女子高生が、異世界で娼婦に?/『JKハルは異世界で娼婦になった』

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【あらすじ】
ごく普通の女子高生、小山ハルは、交通事故に遭ったことで異世界に転生する。転生した先は激しい男尊女卑の世界で、女性は冒険者になることも許されない。特別な能力もないハルは、酒場兼娼婦館で働き始める。

昨今のライトノベルを中心に一大ブームとなった題材“異世界転生”を用いながら、娼婦として異世界に身を置く女子高生を描いたことでも話題になった平鳥コウ作『JKハルは異世界で娼婦になった』

主人公は、イケメンの彼氏を持ち、クラスの中心にいるような女子高生のハル。文化祭の準備のためにクラスメートと買い物に出かけた際、交通事故に遭ったことをきっかけに異世界に転生。特別な能力を得られず、冒険の旅にも出られないハルが異世界で生きていくためには、自らの春を売るしかありませんでした。

あたしがこっちの世界に来てまず一番ウケたのが避妊具が草ってことで、「やべ、草生える」って爆笑したら、「生えませんよ」とマダムは真顔で言った。
「スキネ草も知らないの? もうかれこれ30年も前に錬成されてこの辺じゃどこの薬草屋にも売ってるけど。ずいぶん田舎から出てきたのねえ」

一方で、同時に異世界にやってきたクラスメイトの千葉は、チート能力(圧倒的な力のこと)をもとに、冒険者となります。ハルと現実世界ではクラスでないがしろにされていた千葉は、それまで関わり合いになることはありませんでした。しかし、異世界に転生してから千葉は稼いだ金でハルを買い、行為に及びます。

「はぁ、はぁ、やべ、俺、小山とやってる……関口たちに教えてやりてえ……」
どうやら千葉は、元の世界に帰ってオタ友にあたしとやったこと報告したくてたまらんらしい。
逆にもしもあたしが友だちに千葉とやったことバレたら、たぶんライングループからは外されると思う。間違いなく友だちなくすよね。
学校のこと思い出したら、マジ悲しくてつらくなる。友だちとか彼氏とかいて楽しかったのに、なんでこんな昔話みたいな世界で陰キャのために腰振ってんだ。

元の世界とは立場が逆転し、相手にすらしなかった千葉に抱かれるハル。女性の立場が低い異世界では、こうしなければ金を稼げない絶望的な状況です。異世界転生を題材とした作品の大半は「特別な能力を与えられた主人公が、何の苦労もなくハーレム展開を迎える」のがお約束。だからこそ、無力な娼婦となることを強いられるこの作品は物珍しく見えることでしょう。

それでも働く店の人気ランキングで上位を目指し、どんなに乱暴な客を相手にしてもハルはくじけません。表社会ではない、娼婦という立場にいながらも、希望を失わない主人公を描いたこの作品は、「弱者の立場でありながらも、自分の幸福を見出してたくましく生きる強さ」を読者に見せてくれます。

(合わせて読みたい:異世界転生ライトノベルの人気の秘密を徹底解剖!

 

刺激的な暗黒小説に痺れよう。

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暗黒小説は、裏社会で生きる者たちの暴力的な振る舞いや、魅惑的な女性との官能的なシーンの描写の生々しさを理由に、敬遠する人も少なくありません。一方で、現実に自分にはできないことを軽々と越えてみせる暗黒小説の主人公たちに憧れ、次から次に暗黒小説を手に取る人もいます。

人間の良い面ではなく、暗くおどろおどろしい面を味わえる暗黒小説。あなたもぜひ、その刺激を味わってみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2018/06/30)

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