【『ねないこ だれだ』『いやだいやだ』ほか】絵本作家・せなけいこのおすすめ作品

『ねないこ だれだ』や『いやだいやだ』の作者として知られる絵本作家、せなけいこ。その唯一無二の画風と「おばけ」たちの物語は、幅広い世代から愛されています。今回はそんなせなけいこのおすすめ作品をご紹介します。

ロングセラー絵本『ねないこ だれだ』や『いやだいやだ』の作者として知られる、せなけいこ。37歳でのデビューから50年以上が経過した現在も新作絵本を発表するなど、長年、精力的な創作活動を続けてきた唯一無二の絵本作家です。

切り絵の手法を用いて描かれた彼女の作品には、50年の時を経てなお色褪せない魅力があります。今回は、そんなせなけいこのおすすめ絵本をご紹介します。

『ねないこ だれだ』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4834002187/

『ねないこ だれだ』は、1969年に発表された作品。50年以上にも渡って子どもたちに読み継がれている、言わずと知れたベストセラー絵本です。

その衝撃的なストーリーを、ある種のトラウマのように覚えている大人も少なくないかもしれません。本書は、時計が夜の9時を指すところから始まります。

こんな じかんに おきてるのは だれだ?
ふくろうに みみずく
くろねこ どらねこ
いたずらねずみ
それとも どろぼう……
いえ いえ よなかは おばけの じかん

そんな“おばけの じかん”に起きている子どもがお化けに見つかってしまい、“おばけの せかいへ とんでいけ”と、お化けの姿に変えられて連れ去られてしまう──というのが本書のあらすじ。とてもシンプルなストーリーと切り絵を用いた独特な画風のモダンさが相まって、恐ろしくもありつつ、何度も読み返したくなるような面白さのある作品となっています。

せなけいこは、本書を含む全4冊の『いやだいやだの絵本』シリーズでデビューしました。シリーズはほかに『いやだいやだ』『にんじん』『もじゃ もじゃ』から成り、発表の翌年にはサンケイ児童出版文化賞も受賞しています。

『いやだいやだの絵本』シリーズはどれも、なにを聞いても「いやだ」と答える子どもや、にんじんを嫌う子どもなど、なにかを嫌がる小さな子どもの行動にスポットをあてたストーリーとなっています。イヤイヤ期の子どもに悩むお母さん・お父さんが読めば、思わず「あるある!」とクスッと笑ってしまうお話も多いかもしれません。

『めがねうさぎ』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4591089622/

『めがねうさぎ』は、1975年の作品です。本書は、目が悪くなったことをきっかけにめがねをかけ始め、周りの友達から「めがねうさぎ」と呼ばれるようになった主人公・うさこが、なくしてしまっためがねを探すためにひとりで夜中に山を訪れるというお話。

めがねをかけていないせいで視界がぼんやりしているうさこは、山で見かけたさまざまなものをめがねのパーツと間違えてしまいます。

うさこが あるいて いくと、
まるい ひかった ものが
ふたつ ならんで います。
「あっ あった!」
うさこが つかもうと すると、
「だれだ? めだまに ゆびを
つっこもうと するのは?」
それは、 ふくろうの
めだまだったのです。

「ごめんなさい!」と謝りながらも、ずんずんと山道を進んでいくうさこ。その後もねずみのしっぽをめがねのツルと見間違え、しまいには、隠れていたお化けがうさこを驚かせようと出てきても、「おもちかしら?」と勘違いしてしまうのです。

お化けとの出会いにハラハラしながらページをめくっていく読者の期待を心地よく裏切るかのように、間一髪のところでお化けに気づかないうさこ。終始明るく社交的なうさこの姿には、思わずこちらまでほのぼのとした気持ちにさせられ、笑ってしまいます。『ねないこ だれだ』の怖さとはタイプの違った緊張感を味わえる、まるでコントを見ているかのような読み味の1冊です。

本作を書いたのは、実際にせなの息子が小学生になってめがねをかけるようになり、どうせなら早く慣れてほしいと思ったのがきっかけだった、とのちにせなは語っています。

ちょっぴり はずかしく ちょっぴりとくいです。

という本書の言葉どおり、めがねをかけ始めることは子どもにとって嬉しさと恥ずかしさが交じるような体験なのでしょう。めがねにまだ慣れず、かけるのを嫌がる子どもに読み聞かせてあげるのにもぴったりの1冊かもしれません。

『ひとつめのくに』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4494004022/

『ひとつめのくに』は、1974年の作品です。本書は民話や伝説、落語などをモチーフにした怖くてユーモラスな『おばけえほん』シリーズのなかの1冊で、落語を元にしたストーリーとなっています。

舞台は、江戸時代と思しきひと昔前の見せ物小屋。主人公は、世にも珍しいものを集めては見せ物にすることで生計を立てている男です。しかし、

「よにも めずらしい ばけものだよ。
めが 三つで、はが 二本だよ。」
おきゃくが はいって みると、
ばけものじゃなくて、
げたが ころがして あるだけ。
なるほど、げたは、
めが 三つで、はが 二ほん。

などとインチキをしていたせいで、あまり客が集まらなくなっていました。そんな男がある日、なんと、世にも珍しい一つ目の女の子に出会います。男は迷わず女の子をさらって見せ物にしようとするのですが、その過程で失敗し、一つ目の国の住人に捕まってしまいます。

一つ目の国に連れて行かれた男は、

「うーむ。こいつは めずらしい」

「めが 二つも ある。」

「ばけものだ!!」

と騒ぎ立てられ、皮肉なことに、一つ目の国の見せ物にされてしまうのです。
場所が変われば途端に立場が逆転してしまうという、とんちのよくきいたスカッとするストーリー。せなは本書の持つメッセージに対し、のちに、このように語っています。

落語のお話はハッピーエンドばかりじゃない。だから、私の絵本と相性がよかった。落語の世界は、子どもの世界と案外近いのかもしれない。
(──『ねないこは わたし』より)

『ねないこは わたし』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4163904840/

『ねないこは わたし』は、2016年、せなが初めて描いた自伝的絵本です。切り絵を用いたフルカラーの画風はそのままに、子どもから大人まで楽しめるようなエッセイや、絵本の原画の写真などがふんだんに収録された作品となっています。

せなは本書で、絵本作家を志すようになったきっかけや、アイデアの源泉、代表作の背景やそこに込められた思いなどを率直に語っています。なかでもユニークなのが、子育てを巡るエピソード。「周りのものが、みんなおばけになったり、話しだしたりするような子どもの世界を描けたのは、目の前に子どもがいたからだ」とせなは言います。

だから、私の話にはうちの子どもたちがよく登場する。(中略)
「どうせ登場させるなら、お姫さまにしてくれればいいのに」って、思っていたみたい。でも、私の本ではそうはいかない。

わが家の子どもたちにとっては、そんな母親というのは、いささか迷惑だったかもしれない。いつもおばけのことばかり考えているし、何かあればすぐに子どもを絵本にするし。だから息子が妹によく言ってたっけ。
「いい子にしてないと、またママに本にされちゃいますよ!」

絵本にしたのは、子どもたちだけじゃない。
わが家では息子の好きなうさぎや、猫も飼っていた。初代のうさぎが「うさんごろ」、二代目が「はんしろう」。そのうさぎたちもどんどん絵本にした。
うさぎはいい。子どもと違って文句を言わないから。

この一節だけで、絵本と変わらない、せなのあたたかでちょっぴり毒のあるユーモアの虜になる方もいることでしょう。せなの絵のファンの方にとっても、それぞれの絵本の切り絵に使われた包装紙や裏紙、下絵などの数々が見られ、創作のヒントを知ることができる贅沢な1冊です。

おわりに

色とりどりのお化けや妖怪、時には悪人までもが登場するせなけいこの絵本の世界。せなは『ねないこは わたし』のなかで、

子どもの世界ではなんでもありだから、絵本の中だってなんでもあり。

と力強い言葉で語っています。必ずしも教訓的・道徳的でもなければ、スッキリとあと味のいい作品ばかりでもないせなの絵本には、まさにこの“なんでもあり”の精神が貫かれています。しかし、だからこそ小さな子どももそのストーリーのごまかしのなさや意外性が癖になり、記憶に長く留まる作品になるのでしょう。

せなけいこ作品には、大人があらためて読み返しても思わず感心するようなどんでん返しのお話もあれば、その大胆でモダンなデザインにはっとさせられるような絵本もあります。子どもに読み聞かせるにはもちろん、大人にこそ再び読んでいただきたい絵本作家のひとりです。

初出:P+D MAGAZINE(2021/08/31)

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