採れたて本!特別企画◇レビュー担当7人が自信をもって推す!2021年ベスト本
海 外 文 学
評者︱三宅香帆
世界の分断を反映したかのような、孤児たちの旅路。『クララとお日さま』は、2021年の社会を小説に閉じこめた傑作だった。
ノーベル賞作家であるカズオ・イシグロの最新作は、親を持たないAIロボット・クララの物語だ。主人公のクララは、AFと呼ばれる人工親友ロボット。いま人気なのは最新型B3型ロボットで、旧AF型のクララはなかなか購入されない。だからクララはショーウィンドウの外に見える人間世界をじっと見つめる。そして学ぶ。人間たちの様子を。──そしてやっと、ある少女がやってくる。病弱な少女ジョジーだ。ジョジーの母は、クララにある奇妙な指示を出す。クララがその奇妙な指示のほんとうの意味を知るのは、ずっと後のことだった。
特徴的なのは、クララやジョジーの生きる世界だ。ロボットのなかでも型によって人気が異なる。そしてジョジーたち人間のなかでも、とある技術によって、ひとつの分断が生まれている。カズオ・イシグロが私たちの住む世界を、小説にメタファーとして閉じ込めたかのような設定になっている。
この小説には、「さまざまなブロックが組み合わさってひとつの絵になる」というモチーフがしばしば登場する。クララが見つめる窓の光、街にそびえたつビルの風景、そしていつしか目の前に浮かんでくる記憶の断片。分割されているはずのいくつかのブロックたちが、なぜか同時に目の前に現れ、一瞬だけひとつの絵になる。そんなモチーフがこの小説には何度か描かれる。
私には、それはカズオ・イシグロが綴る祈りの風景であり、同時に孤独な私たち自身であるようにしか見えないのだ。
社会において分断や格差が叫ばれる時代に、分割されたブロックたちも、ほんとうはひとつの景色におさまっているはずだ。それは一瞬だけ、たとえば太陽の光が射しこんだときだけかもしれないけれど、それでも私たちブロックはひとつの愛情で繋がることができるはずだ。そんな祈りが描かれているように見えるのだ。
カズオ・イシグロは前作までもしばしば親をなくした孤児を描いてきた。本書もそのテーマは変わっていない。クララには親がいないのだ。それは大きな頼るべき存在を失った私たちの姿なのかもしれない。しかしそれでも、孤児たちの旅路は終わることなく、どこかで美しい風景を見られることをイシグロは願っている。『クララとお日さま』は、そんな祈りが私たちの世界にも届くかもしれない、と思えるような美しい小説だ。