採れたて本!特別企画◇レビュー担当7人が自信をもって推す!2021年ベスト本

採れたて本!特別企画◇レビュー担当7人が自信をもって推す!2021年ベスト本

    時 代 小 説    

貫井徳郎
『邯鄲の島遥かなり』
  

邯鄲の島遥かなり 上

新潮社

評者︱末國善己 

 貫井徳郎は、町中に稚拙な絵を描く男の人生に迫る『壁の男』、現代とバブル期がリンクする『罪と祈り』など、時の流れが重要な役割を果たすミステリを発表しているが、歴史を正面から扱った本書を発表したのは意外だった。そのため戸惑いと驚きがあったが、すぐに杞憂だと分かった。明治から令和に至る日本の歴史を十七の物語でたどる大著は、間違いなく著者の代表作になる傑作である。

 維新直後、神生島で尊敬を集める一ノ屋の松造(通称イチマツ)が、徳川方として戦った戊辰戦争から帰還した。美貌とカリスマ性を持つイチマツは島の女性たちを魅了し、多くの子供が生まれる。

 体に唇形の痣(イチマツ痣)があるイチマツの子孫たちは、明治時代に平太が大財閥の基礎を作り、容子が驚くべき手段で女性解放運動を進め、初の普通選挙に立候補した孝太郎が壮絶な選挙戦を繰り広げ、太平洋戦争へ向かう時代が幼馴染みの功吉と一磨を引き裂くなど、歴史のターニングポイントにかかわっていく。

 収録作は、ビジネス小説、青春小説、恋愛小説、政治小説など多彩で、過去の事件が思わぬ形で別の時代に影響を与える緊密な構成は圧巻だ。戦争や災害が題材でもユーモアが底流にあるのでシリアス一辺倒にならず、気持ちよく読み進められるようにした演出も見事である。

 個人的には、イチマツ痣のある少女が大富豪になった平太の本当の娘かが議論されるミステリ「ご落胤騒動始末」、イチマツ痣がある島の少年たちが甲子園を目指すという遠崎史朗・原作、中島徳博・作画の漫画『アストロ球団』を彷彿させる「野球小僧の詩」が面白かった。

 一ノ屋を天皇家に、神生島を島国の日本に重ねながら庶民の視線から近現代史を捉え直しているだけに、大きな災害を経験した育子が未来に希望を繋ごうとする最終話に触れると、日本の歴史とは何か、それを踏まえつつどんな未来を作るべきかを考えてしまうのではないか。

 大きなテーマだけでなく、周囲からバカにされても徳川埋蔵金を探す小五郎を主人公にした「夢に取り憑かれた男」、美人ゆえにモテる鈴子が衝撃の決断をする「お医者様でも草津の湯でも」、良太郎に音楽や美術の才能があるため両親が将来に迷う「才能の使い道」などを通して、才能がある人もない人も苦労をするのは同じで、この社会に無意味な人はいないといった身近な問題へのメッセージも織り込まれている。夢を追い続けるか諦めるか、自分は何になるべきか、理想と現実のギャップが埋められないなどの状況に直面している読者が本書を読むと、自分を見つめ直す切っ掛けになるはずだ。
 

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