採れたて本!【海外ミステリ#13】
子供の絵には独特の魅力がある。興味関心に合わせて誇張された表現や、定石を無視した大胆な構図などなど。親にしてみれば自分の子供の絵は可愛くて仕方がないだろうが、他人から見ると、どうにも不気味に映ることもある。
ジェイソン・レクーラック『奇妙な絵』(早川書房)は、子供の描いた絵を中心に据えたホラーミステリーである。主人公のマロリー・クインは、ドラッグの依存症から抜け出し、新たな生活を始めるためにベビーシッターとして働くことに。ニュージャージー州郊外の離れとプール付きの家で、五歳の子供、テディと共に過ごす日々は、彼女にとっておだやかなものになるはずだった。しかし彼女は、テディがスケッチブックに「奇妙な絵」を描いていることに気付く。イマジナリーフレンドであるアーニャの不気味な容貌や、そのアーニャを殺して穴に埋めるかのような絵……。過去にこの土地で起きたという殺人事件に何か関係があるのか? アーニャというのはイマジナリーフレンドではなく、この家に出る幽霊なのか?
本書には随所に「奇妙な絵」のイラストがそのまま挿入されていて、それが読者の現実と作中の現実の接点となっている。読者が目にするのと同じものを、マロリーも見ているのだ。子供の絵独特の構図や誇張表現によって、不気味さをたたえた絵が、どうしようもなく不安を煽り立てる。奇矯な隣人や過去の殺人の噂など、作中で不穏な要素が増えてくるたびに、その不穏を増幅するような形で絵が登場することが、本作を単純なイロモノではない、技巧的な作品に高めている。
主人公がドラッグ依存症から抜け出したばかり、という設定も効いていて、幽霊などのスーパーナチュラルな要因の介入を想定しなければいけない──という段階になっても、主人公は周囲の人間になかなか信じてもらえない。もちろん、どんな人が「幽霊がいる!」と言っても周囲はまともに受け止めはしないだろうが、その度合いが酷い。主人公がまだ薬物をやっていると疑われた結果、尿検査を要求されるシーンなどは息がつまる。
傷つきながらも、それでも真実を求めて戦うヒロインと、「奇妙な絵」への解釈が導く意外な真相。ホラーミステリーに望む要素が満杯に入った良作である。
訳者の中谷友紀子は、C・J・チューダー『白墨人形』(文春文庫)『アニーはどこにいった』(文藝春秋)、カトリオナ・ウォード『ニードレス通りの果ての家』(早川書房)など現代海外ホラーの良作を続々邦訳しており、いずれも雰囲気たっぷりでハズレがない。今後も訳者買いしていきたい訳者だ。
『奇妙な絵』
ジェイソン・レクーラック 訳/中谷友紀子
早川書房
評者=阿津川辰海