採れたて本!【国内ミステリ#40】

ミステリの冒頭には、読者の興味を一瞬で惹きつけるような衝撃的な要素があるのが望ましい。その意味で言えば、斎堂琴湖『桜葬』のプロローグは満点だろう。埼京線の武蔵浦和駅のホームで、ある男がスーツケースから取り出したバラバラ死体を線路へと投げ込み、更にホームに紙幣を撒き散らした。周囲の人々が騒然とする中、男は武蔵野線のホームに移動し、列車に投身自殺を遂げたのだ。
著者は、埼玉県警大宮署の刑事・蝶野未希を主人公とする『燃える氷華』(応募時タイトル「警察官の君へ」)で第27回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞してデビューした。本書は待望の第2長篇だが、前作とは2つの共通点がある。まず、舞台が埼玉県だという点。もう1つは、主人公の警察官の個人的な境遇が事件に絡むタイプの警察小説だという点である。
本書の主人公は、埼玉県警本部捜査一課の刑事・氷室湊。感情の動きを表に出さず、「氷の氷室」の異名を取る人物だ。コロナ禍で社会が変貌してゆく2020年3月、当時は浦和署の刑事だった彼は爆破予告事件の対応中に不審者を逮捕し、その年の秋に本部へと異動する。
そして2023年3月、プロローグで記された事件が起こった。氷室たち埼玉県警の面々は、バラバラ死体および投身自殺した犯人について捜査する。犯人の身元は比較的早い段階で突きとめられるのだが、被害者が誰なのかはなかなか判明しない。刑事たちの地道な聞き込みの結果、謎に包まれた犯人の人柄が少しずつ浮上してくるのが読みどころだ。
物語の構成上、今回の事件が3年前の爆破予告と関係があることは早くに見当がつくだろうが、2つの事件のつながりは実に数奇なものだ。関係者たちは、大きな幸運と、同じくらい大きな不運に運命を翻弄され、その結果、してはならない所業に手を染めてしまう。その意味で、読者は犯人を含む関係者の誰のことも憎みきれないだろう。そしてそこには、氷室自身の過去も関わっている。コロナ禍という時代背景も含め、まるでピタゴラ装置のように、何か1つでも要素が欠けていれば起こらなかった悲劇なのだ。
3年前の犯行予告は、浦和と名のつく駅のどこかを爆破するというものだったが、それに該当する駅は埼玉県に8つもあるので捜査陣は翻弄される。埼玉が舞台であることにもちゃんと必然性があるのだ。このまま埼玉警察小説というニッチな分野でいくのか、それとも舞台を拡げるのか、作風の今後の展開がちょっと読めない新人だが、明らかに前作より書き方は上達しており、その点は安心して良さそうだ。
評者=千街晶之






