ビジネス小説の第一人者・楡周平が「ニッポンの大問題」を斬る!!【馬鹿につけるバカの薬】第17回:地方再生の切り札! プラチナタウン構想
新入社員、若手社員、就活生も必読!! つねに時代の先を読み、予測を的中させてきたビジネス小説の旗手・楡周平が、ニッポンの近未来に警鐘を鳴らす! もはや政治家、官僚に任せてはおけない。すべての日本人を覚醒させる一刀両断のノンフィクション。
第17回は、過疎高齢化が進む地方の再生を考える。かつて楡氏は小説『プラチナタウン』で、その打開策となる〝高齢者の街〟づくりを提示。伊吹文明・元衆院議長が地方創生担当大臣だった石破茂氏に薦めたことで大きな反響を呼んだ。地方再生の切り札「プラチナタウン構想」の進化形とは?
楽しい老後で何が悪い
10年ほど前に、『プラチナタウン』という小説を上梓したのを機に、過疎高齢化問題を抱える地方自治体に講演を依頼される機会が増えました。
この小説を書くに当たって私が着目したのは、過疎高齢化に直面している自治体には、かつてのばら撒き財政の名残で立派な公共施設を整備しているところがたくさんあるという点でした。
建設時には地元の建設業者におカネが落ち、雇用も生じと、多少なりとも経済効果があったのでしょうが、完成以降は継続的に経費が発生するのが施設です。それを上回る収益が得られなければ、施設を管理する自治体の負担は重くなるばかり。ただでさえ人口減少に伴う税収減に苦しむ自治体の財政基盤は悪化する一方となるわけです。
そこで過疎高齢化に悩む自治体の多くが、打開策として真っ先に取り組んだのが企業誘致です。
若者が街を去るのは職がないからだ。企業を誘致すれば、雇用が生まれる。誘致に成功すれば、過疎化に歯止めがかかる、誘致するに当たっては、インフラを整備しなければならないと考えたわけですね。
確かに、一定の効果がありました。
規模の大小にかかわらず、日本企業の多くが地方に工場を新設し、地元出身者を雇用し、さらに本社社員を送り込みもしたのですから、誘致に取り組んだ自治体関係者は将来に光明を見出した思いがしたことでしょう。
しかし、そんな時代も長くは続きませんでした。
そもそも、企業が国内の地方に生産拠点を設けた理由は、自治体が誘致する用地が格安であったこと。そして、安い労働力にあったのです。
ところが、経済のグローバル化が進むにつれ、サプライチェーンが変化してくると、生産拠点を海外に移転する企業が相次ぐようになり、さらには、半導体に代表されるように国際市場における競争力を失う産業までもが出てしまったのです。
アメリカとは違い、日本では従業員の解雇を簡単に行なうことはできませんが、企業だって背に腹は代えられません。早期退職を募集し、応じない場合は通勤不可能な遠隔地の工場への転勤を命じたり、屈辱的な配置転換を行なったりして、地方採用者を退職に追い込みました。
その結果、現役世代は新たな職を求めて街を去り、残ったのは高齢者ばかり。気がつけば、企業誘致を行なった頃の時代に逆戻りしてしまったのです。
企業を誘致しても過疎化問題の決定打にはなり得ない。かといって、雇用がなければ、人は出て行く一方です。
そんな現状を打開する手段の一つとして構想したのがプラチナタウンです。
高齢化が問題だというならば、いっそ高齢者を集めたらどうなるか。ただし、プラチナタウンは単なる老人介護施設にあらず。楽しい老後を過ごせる快適な環境を入居者に提供することを目的としたシニア向けのテーマパークともいうべき集合住宅を地方に……。
ですから、住人は入居時に健康に深刻な問題を抱えていないことが前提になります。もちろん、介護が必要になったからといって退去をしてもらうわけではありません。完全介護が必要となっても、最期を迎えるその時までしっかり面倒を見て差し上げます。
職員の大半は介護士の資格を持っていますが、入居者が介護を必要とするまでは、サークル活動やイベントの企画立案・支援、施設の清掃や整備に従事することが主な仕事になります。
サークルは水泳、テニス等、地域内に存在する公共施設を活用したものや、ゴルフ、釣り、菜園、園芸、陶芸、絵画、音楽等、入居者の希望に応じて運営します。
地方には大都市近辺に比べてプレーフィーが格段に安いゴルフ場がたくさんあります。周辺のコースと年間契約を結び、平日の早朝枠を複数組確保すれば料金もさらに安くなるでしょうから、月間でトーナメントを行なうのも面白いでしょう。海が近ければ釣り船を仕立てても良い。休耕地を活用して野菜や果物を育てることもできるでしょう。
そして施設内にはディスコやライブハウスを設け、夜の娯楽も提供します。
団塊の世代もそうですが、我々60代を迎えた年齢層の若かりし頃は、フォークやロックの全盛期で、バンドを組んでいた方も少なからずいたものです。そこで入居者がバンドを組み、あるいは地元の若者たちのバンドを呼び、当時のナンバーを演奏し思い出に浸るのです。
ディスコはナイトライフの定番で、実際、期間限定で当時のディスコが復活すると、高齢者が数多く詰めかけますからね。
入居者の中には、お孫さんを持つ方も多いはずですから、夏休みには施設周辺の自然の中でのサマーキャンプ、冬ならばスキーやスノボスクールを開催し、祖父母と孫が触れ合える時間を提供します。
地方で老後をというと、孫と頻繁に会えなくなるとおっしゃる声が必ず上がるものですが、近くにいても年間何回訪ねて来るでしょうか。それより、祖父母の住居をベースに長期間滞在する企画を立てれば、より長い時間を過ごすことができるでしょう。
つまり、プラチナタウンのコンセプトは「楽しい老後で何が悪い」、「老人を老人扱いしない」、「格安の料金で、シニアライフをとことん楽しんでもらう」ということにあるのです。
都会の介護施設は、住宅街の中にひっそりと
人の手を借りずして日常生活が送れないから介護施設に入居するのが、従来の高齢者施設です。自力での生活が困難であれば、行動が制約されますし、都会では空間の広さは料金に直結しますから部屋も狭くせざるを得ません。
しかし、ビジネスホテル程度の広さしかない居室で暮らし、レクリエーションといえばサロンに集まり、お遊戯まがいのことばかり。そんな日々を送るのが幸せな老後といえるのでしょうか。
人間、日々を楽しく暮らしていれば、そう簡単には
健康なうちに生活コストが安く、かつ豊かな自然に恵まれた地方へ移り、思う存分リタイヤ後の生活を満喫する。土地代だって都会に比べれば段違いに安いのですから入居費用だってそこそこに抑えられるでしょうし、老い方だって人さまざまです。長く介護が必要となる人もいれば、短期間で終わりの時を迎える人もいるでしょう。中には介護を全く必要とせず、ある日ぽっくり逝ってしまう人だっているでしょう。
健康な高齢者を集めた集合住宅、プラチナタウンと従来の老人ホームとの最大の違いはここにあります。要介護者だけを集めれば、どうしても暗いイメージがつきまとうものですが、老後を楽しみたい人たちだけを集めれば、全く異なるものになるはずです。
そしてもう一つ、プラチナタウンのメリットは、介護士のモチベーションを高める効果に繋がるという点にあります。
介護に従事することはあっても、入居者の多くは健康な高齢者。いかにして健康を維持し、楽しい老後を過ごしてもらえるかを考え、お世話するのが介護士の仕事になるのです。もちろん入居者が自力で生活することができなくなれば、介護して差し上げることになるのですが、それがずっと続くということにはなりません。再び企画を立案し、お世話する仕事に戻れもすれば、介護の仕事に就くこともある。つまりジョブローテーションを繰り返しながら、キャリアを積み重ねていけるのです。
そして、もう一つ、プラチナタウンを設けるメリットは、規模が大きくなればなるほど、多くの職員が必要となり、地元に雇用が生まれ定住人口が増えることにあります。その結果、過疎化に歯止めがかかり、地域経済も回復していくことが期待できるのです。
「プラチナタウン構想」こそ過疎高齢化が進む地方を救う起死回生策
変質していくコンセプト
講演を行なった自治体の中には、コンセプトを理解し、実現に向けて動き出そうとしたところもありました。
しかし、問題はそこからです。
プラチナタウンの肝は、健康な高齢者を集合住宅に集めることと申し上げたにもかかわらず、いつの間にか高齢者を移住させることで、空き家問題を解決しようとなってしまうのです。
なぜ集合住宅でなければならないのか。
その最大の理由は、介護が必要となった場合の効率性にあります。
要介護者の世話をする際、集合住宅ならば各フロアー間の上下移動で済みますし、急に体調を崩して助けが必要になっても、ただちに駆けつけることができます。生活ゴミの収集をはじめとする日常生活のお世話にしても、同じことがいえるでしょう。
では、空き家を活用して高齢者を移住させたらどんなことになるか。
公営の介護施設に空きがあり、すぐに入居できるならいいのですが、大抵は順番待ちというのが現状です。民営の施設は概して高額ですから、負担できなければ在宅介護ということになるわけです。
高齢者が分散して住んでいれば移動に時間がかかり、介護の効率は悪くなる。豪雪地帯なら毎日の雪かきすら人の手を借りなければならないでしょうし、大雪が降ろうものなら、介護士が雪かきをしなければ、訪問先の家に入ることすらできないという事態になりかねません。それが介護の効率をますます低下させることになるのです。
それに過疎地では、生活ゴミを捨てるにしても、集積場所が自宅の近くにあるとは限りません。高齢者が一輪車を押して、集積場所まで長い距離を運ぶことを強いられている地域はたくさんあるのです。
だから、プラチナタウンを空き家対策と結びつけては駄目だ。集合住宅が望ましいのではなく、集合住宅でなければならない。空き家に高齢移住者を誘致しようものなら、早晩介護が深刻な問題になる──。このように申し上げても、いつの間にか空き家対策として高齢者の移住を募る、になってしまうのです。
何でも自力でやらなければならない戸建て住宅は、高齢者が生活するには不向きなのは論を待つまでもないでしょう。東京の新築マンション購入者に高齢者層が増えているのはその証左といえるでしょうし、私もマンション住まいですからその便利さを実感しています。
現に、高齢者に的を絞ったニュータウンを造成、分譲した自治体がありますが、入居者が集まらず失敗に終わったのは、住宅の全てを戸建てにしたのが最大の原因でしょう。
もちろん、プラチナタウンに入居するには、民間の介護施設以上の費用を要します。都会に比べれば安いとはいえ、そんなカネ持ちしか入居できない施設を造ってどうするんだという意見があるのは十分承知しています。しかし、ニーズはあると確信していますし、プラチナタウンができれば、地元の自治体には住民税と固定資産税が入ります。事業主体が本拠を地元に置けば、事業税も入ります。さらに、多くの入居者が集まれば消費が生まれ、地元経済も活性化し、そこからも税収が見込めるのです。それを原資に、地元住民の介護を充実させることもできるでしょう。
有り難いことに、『プラチナタウン』は、現在でも版を重ねながら、多くの読者に読んでいただいております。その中の多くの読者が「こんな施設があったらいいナ」とおっしゃってくださいます。
同時に、様々な問題点を指摘してくださってもおりますので、敢えていいます。
こんな問題があるから駄目だというのは間違いです。問題点とは、解決すべき事項のことなのです。「あったらいいナ」というのなら、どうすれば解決できるか、どうすれば実現できるかに知恵を絞るべきなのです。
だって、そうでしょう。世の中を一変させるような革新的技術や製品は、全て「こんなものがあったらいいナ」という、実に単純明快な発想、そして夢から始まったのです。
豊富な資金、人的資源に恵まれていたはずのIBMや日本の名だたるコンピュータメーカーが、なぜアップルやマイクロソフトといったベンチャー企業の後塵を拝することになったのか、その原因を考えてみれば、答えは明らかというものでしょう。
次回は7月27日(月)に公開予定です。
プロフィール
楡 周平(にれ しゅうへい)
1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に『Cの福音』でデビュー、翌年より作家活動に専念する。「朝倉恭介シリーズ」「有川崇シリーズ」「山崎鉄郎シリーズ」をはじめ、『再生巨流』『介護退職』『虚空の冠』『ドッグファイト』『プラチナタウン』『ミッション建国』『国士』『バルス』等、緻密な取材に裏付けられた圧倒的スケールの社会派エンターテインメント作品を世に送り出している。近著に『TEN』『終の盟約』『サリエルの命題』『鉄の楽園』がある。
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初出:P+D MAGAZINE(2020/07/20)