ビジネス小説の第一人者・楡周平が「ニッポンの大問題」を斬る!!【馬鹿につけるバカの薬】第18回:テレワーク時代、地方への移住促進に秘策あり⁉
新入社員、若手社員、就活生も必読!! つねに時代の先を読み、予測を的中させてきたビジネス小説の旗手・楡周平が、ニッポンの近未来に警鐘を鳴らす! もはや政治家、官僚に任せてはおけない。すべての日本人を覚醒させる一刀両断のノンフィクション。
第18回は、コロナ後を見据え、働き方の変化と新しい住まいの可能性を探る。テレワークの普及に伴い地方で暮らす選択肢も広がる中、空き家問題の解消にもつながる新時代の賃貸ビジネスに注目!
コロナで変わる不動産ビジネス
コロナウイルスの感染拡大は、日本人の日常生活はもちろん、経済にも深刻な影響を及ぼしました。
感染防止策として多くの企業がテレワークを活用したことで、アフター・コロナの仕事のあり方が激変する可能性があることは前述しました(第14回)が、その時最も大きな影響を受ける業界の一つが不動産かもしれません。
たとえば東京では、大型オフィスビルやタワーマンションが次々に建設され、鉄道の相互乗り入れが進み地下鉄の新線も開通しと、都市機能が整備され続けたこともあって、不動産業は長く活況を呈してきました。
しかし、それも東京一極集中の現象が続けばこその話で、テレワークでも業務に何ら支障をきたさないことが分かった経営者も少なからずいるはずです。となれば、状況は一変するかもしれません。
いうまでもなく経営者の最大の使命は、人材をフルに活用し、最大の利益を上げ、会社の業績を高めることにあります。当然固定費の適正化には常に注意を払っていますし、削減できれば利益向上に直結するのですから、可能にする術を常に考えているはずです。
して考えると、物理的なオフィスを構えずに済むテレワークは、コロナ以前から経営者にとって、極めて魅力的な勤務形態と映っていたはずです。
しかし、平時の環境下にあって、いきなりテレワークを導入するのは冒険に過ぎます。
実験的に導入してメリット、デメリットを検証するにしても、従来の環境と新環境との比較になれば、功よりも罪の部分をあげつらう人間が多く出てくるのが組織の常です。毎日通勤し、オフィスで働くのが当たり前と考えてきた社員、特に中間管理職以上の中高年がテレワークの導入に難色を示し、導入に至らずという結果に終わったことでしょう。
ところが、今回は事情が全く異なりました。
コロナウイルスの感染から身を守るために、否応なしにテレワークを導入せざるを得なくなったのです。
今後業務形態をテレワークに切り替える企業が続出すれば、オフィス需要は激減します。遠からずして衰退は避けられないと目されている産業分野では、まだ資金に余力があるうちにとばかりに、土地やビルを購入し、賃貸事業に乗り出す企業がありますが、そうした目論見も絵に描いた餅と化してしまうかもしれません。
不動産価格は需要と供給のバランスで決まるものです。
需要が細れば家賃を下げなければテナントは集まりません。売却もまた同じですが、テレワークはそもそもオフィスを必要としないのが最大のメリットです。結果、いくら値を下げても入居者が見つからない、買い手が現れないということになるでしょう。
こうした現象は、オフィス需要に限ったことではなく、アパートやマンションにも同じ現象が起きる可能性があります。
なぜなら、既にマンションや戸建てを購入した中高年は別ですが、賃貸物件で暮らす若い世代の中には、大都市から地方へ居住地を移す人が少なからず出てくると思われるからです。
地方に居住し、テレワークで仕事をすることのメリットは前述しました(第14回)が、もちろん、問題点は幾つもあります。
故郷に戻るというのならまだしも、一度も住んだことがない土地に居を移すとなれば誰しもが躊躇するでしょうし、その土地の気候風土や人間性も、実際に住んでみてはじめて分かることがたくさんあります。加えて引っ越しの費用もかかれば、住居を借りるに当たっては敷金、礼金と、高額の出費が発生しますから、事前調査を入念に重ねた上でないと決断がつくものではありません。
しかし、東京でワンルーム、あるいは1LDKを借りる程度の家賃で、戸建てが借りられる。しかもコストはほとんどかからない。いつでも(ただし、物件に空きがあれば)入居でき、退去できる物件がたくさんあるといった環境が整備されたらどうなるでしょう。
テレワーク従事者に特化した賃貸ビジネス
過疎高齢化に伴う空き家問題が深刻化して随分経ちます。全国の自治体が頭を痛めているにもかかわらず、有効な打開策はいまだ打ち出せぬまま、時の流れとともに空き家は増加の一途を辿っています。
大海原を一望できる高台の家。あるいは美しく、かつ雄大な山々を間近に望む高原の家。新鮮かつ上質な食材が豊富に揃い、時間もゆっくり流れ、快適な生活が送れる環境の中にあるのに住人が減少し、多数の空き家を抱える自治体は、国内に山ほどあります。
かかる現状を招いた最大の原因は、地方には職がない。つまり、収入を得るためには都会に出る以外になく、職を得ることイコール、毎日職場に通勤しなければならない。その結果、通勤可能圏内に住居を持たざるを得なくなるのですが、テレワークは通勤の必要はありませんし、居住地の制限もありません。
ならば、全国に
私自身も、かつてサラリーマンであった頃、主にアメリカへの長期出張が頻繁にありました。名が通ったホテルでもワンルーム。日本に比べれば部屋は広いとはいえ、長期滞在となるとやはりストレスが溜まります。
ある日、上司とそんな話になった際、「だったら……」といって、勧められたのが、とあるホテルが経営する長期滞在者用の宿泊施設です。
鉄筋コンクリートのビルのような代物ではなく、2階建ての集合住宅、日本でいうテラスハウスのようなもので、部屋は1LDK~3LDK。リネン交換と掃除は毎日、家電製品や食器はもちろん完備、食器も洗ってくれるという充実ぶりながら、それでいて料金はホテルよりも遥かに安いのですから、すっかり気に入ってしまって、以降この〝ホテル〟を定宿とするようになりました。
鍋でご飯も炊ければ、ステーキも焼ける。冷蔵庫は常にビールと酒のつまみや食材でいっぱい。リビングでくつろぐこともできるし、日本の自宅よりも、快適な生活を送ることができたものです。
家具・家電・ネット環境を完備し、快適な日常生活が送れるようリフォームした空き家を、テレワーク従事者向けの賃貸住宅に!(写真はイメージ)
過疎高齢化に伴う空き家問題に頭を痛めている自治体は、たくさんあります。そうした自治体がネットワークを構築し、テレワーク従事者に住居を提供する態勢を整えたら面白いと思うのですが、どうでしょう?
生活に必要なものは全て揃っていて、入居したその日から自宅同然の生活が送れる。しかも空き家です。ウイークリーマンションのようなワンルームとは違い、部屋も複数あれば空間も広い。大海原を、あるいは雄大な山々を眺めながら仕事をし、夕方になれば地元の食材を買い込み、自宅でゆっくり一杯やるもよし、あるいは居酒屋で地元特産の新鮮な海の幸、山の幸を堪能するもよし。休日には、釣りが趣味なら海や川へ、自転車が趣味ならば、豊かな自然環境のなかでサイクリングを楽しむ。
その地を堪能したら、ネットワークを利用して次の居住地を探す。その際、次の居住地に送るものは、仕事道具と衣類、身の回りの品ぐらいのもの。その程度なら宅配便の何箱かで済みますから、引っ越し費用など、日本全国どこに移り住もうと知れたものです。
季節によって居住地を変えるもよし。気に入れば長く住むもよし。あるいは定住してもよし。地方には、かつてのばら撒き財政のお陰で、公共施設が充実している街は過疎地でもたくさんあります。個人のライフスタイル、趣味嗜好に合わせて、思うがままの生活を送ってもらえる環境を提供するのです。
そこからが自治体担当者の知恵の絞り処です。
いかにして長く居住してもらうか。そして定住に結びつけるか。
過疎高齢化が進む地域には、休耕田、休耕地がたくさんあることは前述しました(第15回)。もし、家庭菜園に興味があるというなら、そうした土地を斡旋し、地元の農家が指導にあたる。陶芸家がいれば休日に指導を行なうとか、居住者と地元住民の交流を深め、その土地に魅力を感じてもらうような企画を打ち出すことも必要になるでしょう。
もちろん、地方ならではの問題はあります。
都会とは違い、人間関係が密であるがゆえに、地域の行事への参加や慣習に従うことを無理強いし、従わないとみるや村八分。移住が失敗に終わった話はよく耳にします。
しかし、問題点を一つ一つ解決し、その地への愛着を覚えるテレワーク従事者が出てくれば、やがて定住を決断する人が出てこないとも限りません。
その点からも、このプランを実現してみる意義はあると思うのです。
自宅を処分して移住したものの、想定外の現実に直面し、悲惨な結末を迎えた話はよく耳にします。
マイホームの購入だってそうですよね。
一戸建てにせよ、マンションにせよ、隣にどんな人が住んでいるかは、実際に住んでみないことには分かりません。物件を気に入って購入したものの、隣人にとんでもない人がいようものならさあ大変。ローンの支払いもあれば、子供も学校に行きはじめている。売却しようにも、購入時の価格を下回るということだってあるでしょう。
その点、賃貸ならばどうってことはありません。次の物件を見つけ、いいなと思う土地に移り住めば良いだけのこと。つまり、このプランは地域の事情、人間性をリスクを冒すことなく知ることができるというメリットがあるのです。
次回は8月3日(月)に公開予定です。
プロフィール
楡 周平(にれ しゅうへい)
1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に『Cの福音』でデビュー、翌年より作家活動に専念する。「朝倉恭介シリーズ」「有川崇シリーズ」「山崎鉄郎シリーズ」をはじめ、『再生巨流』『介護退職』『虚空の冠』『ドッグファイト』『プラチナタウン』『ミッション建国』『国士』『バルス』等、緻密な取材に裏付けられた圧倒的スケールの社会派エンターテインメント作品を世に送り出している。近著に『TEN』『終の盟約』『サリエルの命題』『鉄の楽園』がある。
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初出:P+D MAGAZINE(2020/07/27)