ビジネス小説の第一人者・楡周平が「ニッポンの大問題」を斬る!!【馬鹿につけるバカの薬】第19回:オンラインで日本の大学教育を変える!

新入社員、若手社員、就活生も必読!! つねに時代の先を読み、予測を的中させてきたビジネス小説の旗手・楡周平が、ニッポンの近未来に警鐘を鳴らす! もはや政治家、官僚に任せてはおけない。すべての日本人を覚醒させる一刀両断のノンフィクション。
第19回は、日本の大学教育の歪みをただす。地方在住の高校生が、大都市に集中する大学への進学にあたって、明らかに不利な立場にある現状をどう変えていくべきか。教育の地域間格差を是正することは、人口減少という日本の大問題に直結する課題でもあるのだ。

遠隔地教育の重要性

 そうして、過疎地に新たな住人が生まれ、その中から定住者が出てくれば、家庭を持ち、子供を産み、と地域の人口減に歯止めがかかる可能性も出てきます。
 そこで、問題になるのが子供の教育です。
 今回のコロナ禍では、多くの学校がオンライン授業を行ないました。いわばテレワークの教育版というわけですが、これは日本の学校教育のあり方、特に大学教育のあり方を変える絶好のチャンスです。
 すでに、アメリカの有力大学はネットを介してMOOCムークという遠隔地教育を行なっており、世界のどこにいても授業を受けられます。
 今回のコロナ禍にあっては、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の名前が頻繁に報道されました。同大学は医学、公衆衛生、感染症等の分野で、アメリカの最高峰にありますが、実はこの大学、8歳からを対象としたサマースクールを毎年開催していて、そこに集う生徒の中からこれぞという人材を発掘し、スカウトしている。つまり青田買いをしているのです。
 もちろん日本でもいくつかの大学がMOOCを行なっておりますが、まだまだ一般には浸透していないのが実情です。ましてサマースクールを開催している大学は、私の知る限り明星大学の一校のみです。
 地方出身の学生の仕送り額は月額8万円というのは前述しました(第15回)が、大都市の大学に進学すれば、仕送りだけで学業に専念できるわけがありません。有名私大の大半は大都市にありますし、授業料も高額です。授業料を負担すると月額8万円の仕送りが精一杯。これも所得の地域間格差の大きさの表れというものでしょうが、新型コロナ感染防止のためにバイト先が営業自粛を求められれば、地方出身の学生の間から悲鳴が上がるのも当然というものです。
 経済的理由で大都市の大学への進学を諦めざるを得ない、という高校生は確実に、それも少なからず存在するはずです。テレワークで仕事が十分こなせるというのなら、学業だって同じことがいえるのではないでしょうか。
「それって、通信教育じゃねえか」とおっしゃる向きもあるでしょう。
 ですが、長く通信教育課程を設けてきた大学の中には、入試は課さない全入制である代わり、学士の学位を修めるのは普通の学部よりも遥かに難しいというところもあるのです。
 それも当たり前の話で、通信教育を全うするには、強い意志、不断の努力、向学心が不可欠です。レポート一つ書くにも、学習内容を理解し学生自らの力で書かなければなりません。通いの学生ならば、単位を簡単に出す教授、出席していればまず大丈夫とか、様々な情報を得られるでしょうが、そうした知恵を授けてくれる先輩、学友はいないのです。そしてレポートと試験で一定の基準を満たしたと教授が認めて、はじめて単位が貰えることを思えば、通信教育で取得した学位は、通学生と同様の評価を得て当然なのです。
 日本の所得格差は、これからますます開く一方となるでしょう。そして所得格差は地域間格差でもあるわけで、かかる状況を放置しておけば、地方に在住している高校生が、大都市部の大学に進学するのがますます困難になります。大学を終えたとしても、仕事と高い所得を求めて若者は大都市を目指し、仮に結婚し子供を儲けたとしても、第一章で述べたように、教育に多額の費用を要するがあまり、子供は1人で精一杯。かくして、人口減には歯止めがかからないということになってしまうでしょう。
 さらに、少子化が進めば、間違いなく大学の淘汰がはじまります(もちろん、大学だけではありません)。
 いかにして学生を集めるかに学校経営者はいままで以上に頭を痛めることになるわけですが、優れた実績を挙げるためには、優秀な人材を集めるしかありません。そして、どこに埋もれているか分からないのが人材です。
 サマースクールを開催するまでもなく、そうした人材を発掘する場としてもMOOCは活用できるはずなのです。
 もちろん、現在の大学教育のあり方を否定する気は全くありません。多くの同年代の若者が一堂に集い学問を学び、サークル活動を通じて親交を深めるのも学生生活の醍醐味の一つではあります。
 しかし、インターネットが社会の隅々にまで深く浸透し、機能や利便性が日々進化し続けている時代なのです。仕事のあり方だって、これまで毎日会社に通勤するのが当たり前であったのが、テレワークで十分やれると判断した企業が続出しているのです。教育だって同じこと。さすがに小中高、大学でも実験が不可欠な理系の学部は無理だとしても、文系学部のネット教育を充実させることは一考すべきではないでしょうか。
 もちろん、オンライン教育を大学教育の場で本格的に行なうに当たっては、システム作り、授業方式、評価基準の確立等々、大学側に多大な労力が要求されることになります。成績評価、授業方式の模索と、教員にも多大な負担がかかるでしょう。
 しかし、負担を理由にオンラインを活用しないのなら、怠慢というものですし、教育を受ける機会は親の所得の多寡で奪われてはなりません。学問の場は万人に等しく与えられるものであり、学位は正当な基準を満たした者にのみ与えられるもののはずです。まして、日本の人口減少という大問題に直結する問題なのです。大学教育者も、いま一度、現行の大学教育のあり方を、真剣に模索すべきです。

 

インターネットが社会の隅々にまで深く浸透した時代、現行の大学教育も見直しが求められる
 

 

次回は8月10日(月)に公開予定です。

プロフィール

楡 周平(にれ しゅうへい)

1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に『Cの福音』でデビュー、翌年より作家活動に専念する。「朝倉恭介シリーズ」「有川崇シリーズ」「山崎鉄郎シリーズ」をはじめ、『再生巨流』『介護退職』『虚空の冠』『ドッグファイト』『プラチナタウン』『ミッション建国』『国士』『バルス』等、緻密な取材に裏付けられた圧倒的スケールの社会派エンターテインメント作品を世に送り出している。近著に『TEN』『終の盟約』『サリエルの命題』『鉄の楽園』がある。

 
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初出:P+D MAGAZINE(2020/08/03)

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