〈第10回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト」

■連載小説■ 加藤実秋「警視庁レッドリスト」〈第10回〉
慎たちの行動がバレていた!?
動揺するみひろ。

CASE3 ゴッドハンド:神にすがる女刑事(2)


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 予想外の展開に、みひろはうろたえた。だが慎は動じることなく、柿沼に「遺体が気になり本庁に戻る途中で立ち寄りました。赤文字リストとは?」と問い返した。すると柿沼は、「監察医と話があるから、駐車場で待ってて」と告げて歩き去った。慎に促され、みひろは奥多摩署のワンボックスカーの前に移動した。待つこと二十分。柿沼が戻って来た。

「遺体は二十代男性。死因は後頭部を強打したことによる急性硬膜外血腫(こうまくがいけっしゅ)。恐らく即死で、死後約四十時間。顔面の骨の露出は、皮膚についた歯形からしてキツネとイノシシの仕業……読みが当たったね。おめでとう」

 ワンボックスカーの前に来ると向かいに立つ慎に向かい、柿沼は告げた。「おめでとう」はちょっと嫌みなニュアンスだ。しかし慎は「どうも」と受け流し、

「改めて伺いますが、赤文字リストとは?」

 と訊ねて向かいを見返した。肩をすくめ、柿沼は言った。

「それは、あんたたちの方が詳しいんじゃない? 警視庁警務部人事第一課雇用開発係職場環境改善推進室。よりよい職場環境づくりのための聞き取り調査ってのは表向きで、実は非違事案が疑われる職員に接近して素行を調べ上げる、監察係の手先」

「なんでそれを」

 驚き問いかけようとしたみひろだったが、慎に片手を上げて制された。手を下ろし、慎は質問を重ねた。

「そこまでご存じなら、自分にかかっている疑いも把握済みですね?」

「うん。私が、みのりの道教団の信者かどうかってことでしょ。その通りだよ。入信して、じきに三カ月」

 あっさりと返し、柿沼はワンボックスカーの脇に行って運転席のドアを開けた。肩からバッグを下ろし、シートに置く。みひろはさらに驚き、首を突き出して柿沼の動きを見守った。

「わかりました。そちらについては明日にでも詳しく話していただくとして、我々の職務についての情報の入手経路を教えて下さい。ちなみに、職場環境改善推進室は監察係と連携はしていますが、手先ではなく固有の職務を行う部署です」

 最後のワンフレーズはやや強い口調で、中指でメガネのブリッジを押し上げながら慎は告げた。すると柿沼は「あ、そう」と返し、運転席のドアを閉めてこちらに向き直った。

「情報の入手経路ね。こっちの頼みを聞いてくれたら、教えてやってもいいけど」

「頼みとは?」

「今日の遺体。板尾道彦(いたおみちひこ)っていって、みのりの道教団の信者なんだ……お嬢ちゃんは気がついてたでしょ。教団の本部が奥多摩にあるのも、知ってるんじゃない?」

 後半はみひろに目を向け、訊ねる。

「はい。でもあの、『お嬢ちゃん』じゃなく三雲です」

 遠慮がちに訂正したが柿沼の耳には入らなかった様子で、視線を慎に戻した。

「板尾は本部の施設で暮らしてたんだけど、一昨日(おととい)の夜から行方不明になってたんだ。施設を抜け出し、山を越えて逃げる途中で足を滑らせて転落。現場にあった岩に頭をぶつけて死んだっていうのが、機動捜査隊とうちの署長の読み。でも私は、そうは思わない」

「殺されたってことですか!?」

 みひろは身を乗り出した。慎が振り向き、咎めるような目で見る。

「まあね。だから、板尾の件を調べてみたんだ。私は本部の施設に自由に出入りできるし、教団の教祖や他の信者から話も聞ける。でも署長は許してくれないだろうし、信者だってバレた時点で捜査から外される」

「頼みとは、板尾の件を捜査する間、あなたがみのりの道教団の信者だと他言しないで欲しいということですか?」

 慎の読みに柿沼は、

「さすがは本庁のエリート。いいカンしてるね」

 と満足そうに頷いて見せた。エリートじゃなく、元エリート。みひろは訂正したが、もちろん口には出さない。目を伏せて、慎は考え込むような顔をした。みひろが緊張して見守っていると、慎は視線を柿沼に戻して告げた。

「わかりました。ただし、一週間だけです」

「了解。一週間と言わず、捜査が終わったら遠慮なくバラして、赤文字リストに名前を載せてよ。それを覚悟で入信したんだから」

「交渉成立ですね」

 慎が言い、柿沼は頷く。興奮と好奇心がさらに増し、みひろは二人の顔を交互に見た。慎が話を戻した。

「情報の入手経路は?」

「昨夜(ゆうべ)、スマホに電話がかかって来たんだ。男の声で、『明日、本庁から職場環境改善推進室の阿久津と三雲という職員が来る。職場環境づくりのための聞き取り調査を装っているが、あんたの信仰を調べて監察係に報告するつもりだ』って言われた」

「他には何と? 知っている男ですか?」

「いま伝えたことだけ言って、電話は切れたよ。一度話した相手は忘れないけど、初めて聞く声だった。若い男、あれは二十代の半ばから後半だね。番号は非通知で、電波の悪い場所にいたから、相手がかけてきたのがスマホか固定電話かはわからなかった」

 さすがは元刑事。説明が簡潔で的確だわ。感心し、みひろは柿沼を眺めた。

「若い男。二十代の半ばから後半」

 横を向き、慎が呟く。すると、柿沼はこう付け加えた。

「イタズラだろうと思ってたら、今朝署長に『本庁から職場環境改善推進室の人が来る』と言われて驚いた。それでも信じられなかったけど、遺体を見た時の阿久津さんの様子で、こりゃ生粋のエリート、本物のヒトイチだってわかったよ」

「なるほど。『意見を聞きたい』と言って、室長を試したんですね」

 みひろは納得し、柿沼は「そういうこと」と慎を見やった。慎はノーリアクション。横を向いたまま、なにか考え込んでいた。

 


「警視庁レッドリスト」連載アーカイヴ

 

加藤実秋(かとう・みあき)
1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。『インディゴの夜』はシリーズ化、ドラマ化され、ベストセラーとなる。ほかにも、『モップガール』シリーズ、『アー・ユー・テディ?』シリーズ、『メゾン・ド・ポリス』シリーズなどドラマ化作多数。近著に、『渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ』、『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』がある。
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