モーリー・ロバートソンが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」③その青春の軌跡 モーリーのBOOK JOCKEY【第4回】
同じ頃、日本で開発されたコンピューター技術がアメリカに渡り、電子楽器も自動演奏が可能になっていた。MIDI(ミディ)と呼ばれるものだった。MIDIのついた鍵盤の「MIDI OUT」という穴に、両端が複雑なソケットの形をしたケーブルを挿す。「MIDIケーブル」だ。そのケーブルの反対側のソケットを別のシンセサイザーの「MIDI IN」に挿して、両側の電源を入れ直す。設定がうまく行けば、離れたところにあるキーボードを演奏しているのに、別のシンセサイザーから音が出る。まるで音符の電報を送っているようだった。
さらに単音だけではなく、ドミソやファラド、ソシレ、そしてまたドミソといった3和音を同時に弾くと、ケーブルの向う側にあるシンセサイザーがその通りの和音を発音した。しかし受け手のシンセサイザーが2音しかならない場合、3つ目の音が送られた時点で最初の音が無音になった。あるいは運が悪かったり、速すぎる演奏をすると送った音符が消えなくなり、そのままプーーーッと音が止まらなくなったりした。そういう時はすかさず受け手のシンセサイザーの電源を落として入れ直し、演奏を続行するしかなかった。日本のローランド社の「JX-3P」というシンセサイザーをもKenjiは買った。多分コカインの金で。何回かその新品の「JX-3P」を触らせてくれた。複雑でよくわからないが、とにかく色が赤かった。赤い音だった。金属でできたボディーが重く、冷たかった。
Kenjiはマサチューセッツ州に向かう高速道路に差しかかり、速度制限を遥かに越えて運転する。警察のレーダーを逆探知する箱型の機械をダッシュボードの上に置いていたので、ほとんど捕まる確率はないらしい。逆探知のデバイスには小さな電球がたくさん埋め込んであり、キャッチした電波に応じてピコピコピコ、と激しくまたたく。逆探知の様子をじっと見ていると、そこには光のシーケンスが奏でる音楽が発生しているかのようだ。この世界のすべては音楽のようなものだと魔術師がぼくに教えてくれたのだった。
Kenjiとの長い長いロード・トリップの最中に過去のお互いの武勇伝を語り合った。性的な体験や麻薬の使用歴、大好きなミュージシャンや歴史についてとめどなく話した。Kenjiはほとんどのサイケデリックな薬物の使用歴があり、アミル・ナイトレイトという「同性愛者たちが使う、頭がバカになる薬」を摂取したこともあった。正しくは「アミル・ナイトライト」なのだが当時はみんな「アミル・ナイトレイト」と呼んでいた。化学式は、
(CH3)2CHCH2CH2ONO
であり、直腸の周辺などの筋肉を弛緩させ、体全体が熱くなるような高揚感をもたらす。映画「ブルー・ヴェルヴェット」でデニス・ホッパー扮する悪役が人殺しをする場面があり、気分を盛り上げるためにボンベから気化させたアミル・ナイトライトを吸引する。映画館で見ていて怖かった。そんな危険な物質をやったことがあるKenjiは尊敬に値する人物だった。