◇長編小説◇飯嶋和一「北斗の星紋」第12回 後編

◇長編小説◇飯嶋和一「北斗の星紋」第12回 後編

天明六年の江戸に訪れた大きな政変。
大金を投じて新造した弁財船には次々と海難が──

 オロシャの南下は想像以上に進行し、千島列島の第三島ウルップ島に毎年ラッコ猟にやって来るほどで、カムサスカ(カムチャッカ)から第四島のシムシリ島まではオロシャの領土のごときものとされていた。この年の五月にも蝦夷本島の近海にオロシャ船が出没していた。しかるに松前藩は何の危機感もなく、蝦夷地を商人どもに任せきりで彼らの運上金ばかりを気にしている有様だった。先住民アイヌも、松前藩と商人どもの一方的な搾取に反発を強め、再三普請役に不満を訴えていた。先住民がオロシャになびき松前藩に反旗をひるがえすような事態となれば、蝦夷本島さえもオロシャに侵蝕されかねなかった。

 それにもかかわらず、幕府は蝦夷地探索を停止し、先住民との交易からも手を引くという。広大な蝦夷本島を幕府直轄となし、先住民に教育を施して農民として自立させる。加えてまた、本州から移民を大勢送り込んで大規模な開発と開業を行えば、幕府財政の悪化も、また東北を始めとする民百姓の窮乏も救うことができる。そう信じてきた佐藤玄六郎と山口鉄五郎は、返す言葉もなかった。

 

     四十二
 

 この年は十月が二度続く閏年(うるうどし)で、閏十月に入ると東蝦夷地のニシベツ川河口は北西風が寒気を運び、クナシリ島のほうから灰色の雲が現われては南に走る日が続いた。海鳴りも日ごとに強まってきた。鮭の遡上はまだ続いていたが、前月のような川面を埋めるほどの大群ではなくなった。ニシベツの運上小屋には、自在丸に積まれずそのままにされた塩鮭の俵がかなり残されていた。

 北橋新三郎は、検地竿役ながらこの秋のニシベツでの先住民交易を任され、到来するかどうかもわからぬ船を待っていた。ニシベツ川河口の運上小屋には、九月八日に難破した五社丸の船頭平助や舵取(かじとり)の五郎兵衛ら十六人、運上屋支配人の宇兵衛、アイヌ語通辞(つうじ)の三左衛門らも、そのまま留まっていた。

 北西風は日増しに強く吹きつけ、根室半島のノサップ岬を越えてニシベツまで、弁財船は逆風のなかを航行しなくてはならない。九月十日に雇い船の自在丸が来たが、野付半島先のシベツに向かい、シベツで塩鮭や魚油などの荷を積むのが精一杯で、ニシベツは素通りしてアッケシへ向かった。陸路で三日離れたアッケシには皆川沖右衛門が残っているはずだったが、彼からも何の連絡もなかった。

 新三郎は、いざとなったらニシベツでの越冬もあり得ると考え、付近の湿地から茅(かや)を刈り取り、小屋の周囲に雪囲いをした。先住民の手を借りてエゾマツや白樺を伐り、薪(まき)の用意も充分にしておいた。五社丸が座礁する前に先住民に渡す米や酒、煙草(たばこ)などは、荷下ろしを終えていた。ニシベツにいた新三郎らの食糧も陸揚げしてあったが、五社丸の船乗りの分はほとんどが流失してしまった。それでも、新三郎は「何とかなりますよ。目の前には海がある。お腹がすけば何でも美味しい」と船頭平助らに笑顔で語り、冷静さを失うことがなかった。また、平助らも、新三郎が竿役ながらただの端(はした)役人の器量ではないことを知っていた。

 台風が五社丸を襲った九月七日の夜から破船した翌八日の明け方まで、ニシベツ河口の海岸は荒れ狂う暴風雨と高波、深い闇とに覆われたが、五社丸の船乗りが上陸すべき海岸の位置だけは、はっきりと見えていた。海岸に炎の輪が現われ、車輪のごとく夜通しその炎が尾を引いて回り続けていた。船乗りの救助に向かった先住民たちも、丸木舟や板つづり舟から海岸の位置を確かめる時に、浜で回転し続ける火光を目印にできた。

 新三郎は、煙草を楽しむために常に火だねを携えていた。口が直径六寸(約十八センチメートル)ほどで丈も六寸ほどの鉄板でできた筒だった。それは松前の古道具屋の隅で埃(ほこり)をかぶって置き忘れられた鉄製の古い火桶(ひおけ)だった。火縄銃の火縄に火を移す際に使うもので、雨よけの鉄笠が着いており、上部には火縄を差し入れるための穴が幾つか口を開けていた。新三郎はそれを買い取り、松前の鍛冶屋に上部の笠と火縄入れの部分を切り落として、下六寸の筒の脇に幾つもの小穴を空けてもらった。筒の上にも井桁(いげた)の形で鉄棒を渡してもらい、鉤縄(かぎなわ)の先を引っ掛けて持ち歩けるようにした。蝦夷地を歩く時には、集落を離れれば先住民の家すらめったになく、火を借りる場所もなかった。東蝦夷地は短い夏を除けば朝晩は肌寒く、手焙(てあぶ)りにも使えたし、酒と引き換えに先住民から譲ってもらった巨大な牡蠣(かき)やアサリを載せて食べることもできた。乾いた苔(こけ)や木屑、落ち葉、枯れ草など、燃料には困らなかった。アッケシやニシベツには露出した泥炭の層もあった。乾いた泥のかたまりとしか見えない泥炭のくずを新三郎が鉄筒に入れて火種にするのを見て、番人たちは不思議がった。火が弱まると新三郎は鉤縄を強く振り、鉄筒の脇に開けた穴から風を送って火力を強めた。

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飯嶋和一(いいじま・かずいち)

1952年山形県生まれ。83年「プロミスト・ランド」で小説現代新人賞を受賞しデビュー。88年『汝ふたたび故郷へ帰れず』で文藝賞、2008年『出星前夜』で大佛次郎賞、15年『狗賓童子の島』で司馬遼󠄁太郎賞を受賞。18年刊行の最新作『星夜航行』は、第12回舟橋聖一賞を受賞。

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