池上彰・総理の秘密
北朝鮮が度重なるミサイル発射を行うなど、世界情勢は緊迫し、日々刻々と移り変わっています。どんな危機的状況にも対応できるように、必要な能力のひとつが「語学力」。今回は、日本の総理大臣の語学力に注目します。池上彰が、独自の視点で、わかりやすく解説。知っているとニュースがより面白くなり、他の人に自慢したくなるコラムです。
総理の英語力は?
総理大臣が英語で演説する。恰好いいですね。でも、よく聞いていると、いかにも日本人的な発音だったりして、ちょっとがっかり、ということもあります。戦後の総理では、誰が英語力に秀でているのでしょうか。
国連総会での英語演説となりますと、近年では鳩山由紀夫でしょう。温室効果ガス削減のための大胆な目標を打ち出し、注目を浴びました。なかなかの英語力でしたが、この人の発言は目まぐるしく変わりますから、むしろ日本語力を鍛えた方がいいのでしょう。
戦後すぐから見ますと、外交官だった吉田茂は、駐英大使も務め、イギリス流の生活にすっかり馴染んでいて、クイーンズイングリッシュを話しました。
孫の麻生太郎がアメリカに留学し、アメリカンイングリッシュを話すようになったのを嘆き、「上品な英語を話せるように」とイギリス留学に切り替えさせているほどです。その麻生太郎は、もちろん英語が堪能。海外では通訳なしでスピーチしています。英語なら、漢字の読み間違いもないですからね。
歴代の総理の中で一番の英語使いと定評があるのは、宮沢喜一でしょう。東京大学の学生時代、日米学生会議の日本代表のひとりとしてアメリカを訪問した際、英語が使い物にならないことを自覚。以後、自力で勉強に励みました。国会議員になってからも、日本の新聞ではなく、もっぱらニューヨークタイムズを読んでいたことは有名です。
ただし、英語力をひけらかしたかったのかどうか、アメリカの首脳との会談では通訳を通さずに直接英語で会談するため、微妙な駆け引きでニュアンスが違ってしまうことを外務省が心配したこともありました。日常会話は英語を使ってもいいけれど、国益がからむ外交交渉は、やはり通訳を入れた方がいいようです。
日米首脳会談の宮沢喜一総理とクリントン米国大統領 宮沢総理は「戦後日米首脳会談で通訳をもちいなかった唯一の総理」といわれるが、米国国務長官を務めたキッシンジャーは、「一国の最高責任者が外国で公式会談に臨む際、立場上、自国語を使うべきである」と言っている。写真は、1993年(平成5)4月16日のホワイトハウスでの首脳会談。写真/共同通信社
池上彰 プロフイール
いけがみ・あきら ジャーナリスト。1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。報道記者として事件や事故、教育問題などを取材。「週刊こどもニュース」キャスターを経て、2005年に独立。著書に『そうだったのか! 現代史』『伝える力』『1テーマ5分でわかる世界のニュースの基礎知識』ほか多数。2012年、東京工業大学教授に就任。16年より名城大学教授、東京工業大学特命教授。
初出:P+D MAGAZINE(2017/06/02)