【池上彰と学ぶ日本の総理SELECT】総理のプロフィール
池上彰が、歴代の総理大臣について詳しく紹介する連載の9回目。叩き上げの「今太閤」、田中角栄について解説します。
第9回
第64・65代 内閣総理大臣
田中角栄 1918年(大正7)~93年(平成5)
Data 田中角栄
生没年 1918年(大正7)5月4日~93年(平成5)12月16日
総理任期 1972年(昭和47)7月7日~74年(昭和49)12月9日
通算日数 886日
所属政党 自由民主党(総理就任時)
出身地 新潟県柏崎市西山町(旧二田村)
出身校 二田尋常高等小学校/中央工学校(土木科)
初当選 1947年(昭和22) 28歳
選挙区 衆議院新潟3区
歴任大臣 郵政大臣・大蔵大臣・通商産業大臣
ニックネーム 今太閤・コンピューター付きブルドーザー・角さん・目白の闇将軍
墓 所 新潟県柏崎市の田中邸内
ま〜、そのぉ〜 よっしゃ、よっしゃ 口ぐせでも親しまれた総理です!
戦後続いてきた官僚出身者主導の政治から、政党で育った政治家(党人といいます)主導の政治へ移るきっかけをつくったのが田中角栄です。田中が政治目標として掲げたのが、日本列島の改造、つまり国土を均等に活用し、産業と人口の集中と過疎をなくすことでした。その政治手法は、選挙資金や政治献金を確保するために、地域や企業に便宜をはかる利益誘導型政治といわれました。大規模な公共事業を推進するいっぽうで、金権政治を生み出したのです。外交では中国との国交正常化を成しとげ、ソ連との北方領土交渉、石油確保などを目指してアジア・南北アメリカ・豪州・中東との資源外交に奔走しました。
田中角栄はどんな政治家か 池上流3つのポイント
1 庶民派宰相
戦後の総理大臣は、帝国大学から官僚を経て政治家になったエリートがほとんどですが、田中角栄は高等小学校(義務教育6年+2年)を卒業し、建築・土木などを専門学校で学びました。土建会社の社長から政治の世界に飛びこんだのです。また、選挙活動は山奥まで足を運び、人々と膝を交えて語らいました。これが庶民派といわれたゆえんです。総理就任は54歳で、2006年(平成18)に安倍晋三が52歳で就任するまでは、戦後最年少の総理でした。
2 抜群の実行力
田中内閣が掲げたキャッチフレーズは「決断と実行」。田中は決めたらすぐに行動を起こしました。そのもっとも顕著な功績が、就任して2か月半でなしとげた日中国交正常化です。細かなデータをすべて頭に入れ、独学で学んだ豊かな法律知識を駆使して強力なリーダーシップを発揮。「コンピューター付きブルドーザー」とよばれましたが、その強引さがやがて失敗の原因ともなりました。
3 金権政治の今太閤
裸一貫から総理にまで登りつめた田中は、草履取りから関白になった太閤豊臣秀吉になぞらえて、「今太閤」ともよばれました。しかし、人気は長く続かず、莫大な活動資金を投入した選挙活動が批判されます。また、土地ころがし(土地の転売)などによる錬金術も明るみに出ました。金権、金脈批判に追いつめられた田中は退陣を余儀なくされますが、そののちも政界に強い影響力を保ち、「目白の闇将軍」とよばれました。
田中角栄の名言
必要なのは学歴ではなく、
学問だよ。
― 自伝『私の履歴書』より
できることはやる。できないことは
やらない。しかし、すべての責任は
この田中角栄が負う。
―池田勇人内閣で大蔵大臣に就任したときの職員への言葉
末ついに海となるべき山水も
しばし木の葉の下くぐるなり
大海に注ぐ山水も初めは木の葉の下を這う細い流れであるように、今は小さなことしかできなくても、やがては大きなことを成しとげて社会の中心となって欲しい。
― 好んで若者に揮毫した言葉
揮毫
田中角栄書「以和為貴」
山口県光市・伊藤公資料館所蔵
聖徳太子の言葉「和をもって貴しとなす」を記した書。田中が岸信介内閣の郵政大臣だった1958年(昭和33)7月に揮毫した。田中家の家訓は、「和して流れず、明朗闊達」であったという。
人間力
◆旺盛 な企画力
田中角栄は「政策を作れない者は政治家を辞めたほうがいい」と述べている。無名の議員時代から議員立法の制定に全力を傾けた。その最初は1950年(昭和25)に公布された「建築士法」で、田中自ら一級建築士第1号となった。田中が成立させた議員立法は、住宅・道路・国土開発など国民生活の整備に関するものが多い。
◆細やかな気配り
田中は総理官邸にいると電話交換手や警備の人に負担をかけるので、とくに用がなければ午後5時ごろに自分の事務所に移って仕事をした。また「ひとりに誰かの悪口を言えばすぐ10人に広がる」と、個人の悪口を言うことはなかった。こうした気配りが田中の人間的魅力のひとつであり、堅固な人脈を築き上げる原動力となった。
◆決断と実行
田中は
(「池上彰と学ぶ日本の総理2」より)
初出:P+D MAGAZINE(2017/09/08)