◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第2話 Treasure hunting〈後編〉

◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第2話 Treasure hunting〈後編〉

旅具検査が山場を迎える22、23時台に備え、槌田たちは飲食店街へ。

 スマートフォンのバイブ音が聞こえる。英のものだ。箸を置いた英がスマートフォンのディスプレーを確認すると「ちょっと失礼」と、そのまま席を立った。槌田は鈴木たちと部屋に取り残された。わずかだが、室内にそれまでなかった緊張感が走る。研修は朝九時で終わる。そのあとは本関勤務となり、羽田国際空港に来ることはおそらくない。彼女たちとはもう会わない可能性が高い。このまま無言でやり過ごしたところで問題はないかもしれない。それに相手は独身女性三人だ。へたに話しかけてあらぬ行き違いを起こすのも怖い。槌田の頭の中に考えが駆け巡る。そのうちに英も帰ってくる、とにかく食べ終えようと、槌田は牛丼を口に詰め込む。

「それで足ります?」

 話しかけて来たのは鈴木だった。口の中の物を飲み込んでから「正直、ちょっと足りないですね」と答える。

「やっぱり!」「だと思った」

 桜田と森本がすぐさま声を上げた。

「私たちだって足りないのに、槌田さん、それで足りるんだって、ちょっと驚いてたというか」

 大盛り二つを注文したのは英だ。一人で二つ? と謎に思っているうちに牛丼が準備された。振り向いた英がしまったという顔をした。槌田の分も合わせて頼んだらしい。すでに商品は出来ていて、今更キャンセルは出来ない。「ご自分のをどうぞ」と言われるが、さすがにそれはと返そうとした背中に視線を感じる。すでに列が出来ていた。「代金はあとで」と、槌田がビニール袋を手にその場を離れた結果、牛丼大盛りのみになったのだと説明する。

「エイメイさんにしては珍しいミスよね」

 桜田が聞き慣れない名前を口にする。

「あ、エイメイさんって言うのは」

「英さんですよね?」

 説明しようとする桜田に先んじて槌田は答える。

 出向初日のことだ。初めて顔合わせをした際に名刺を渡されたとき、槌田は戸惑った。名刺に書かれていた名前は漢字二文字だけだったからだ。そのときに英はこう自己紹介した。英明(はなぶさあきら)です。英明(ひであき)でもエイメイでもなく、英明です──。

 英の苗字は最後が「さ」で終わるので、敬称のさんを付けると「はなぶささん」となり、言いづらい。槌田もこれまで何度も「はなぶしゃしゃん」と言い間違えていた。かと言って、下の名前は敬称を付けたとしても女性は呼びづらいだろう。その結果、あだ名はエイメイさんとなったようだ。

「今日だもの」

 小声で鈴木が呟いた。

 桜田と森本が同時に、「あ」という顔になった。そのまま気まずそうに口を噤む。

 今日がなんだと言うのだろう。詳しく知りたいと槌田は思う。だが三人の表情を見るに、聞いたところで答えはしないのは察した。ならば搦め手から行くしかないと、話を続ける。

「いや、すごいですね、彼は」

 鈴木に首を傾げられて、「痒いところに手が届くって言うのかな。本人は前に添乗員をしていたからだって言っているけれど、何にしてもパーフェクトだなって」と続けた。

「あー、分かるー」

 すぐさま森本が同意した。槌田はそのまま話を広げる。

「でも、皆さんもすごいですよ。俺、いや私」

 一人称に迷ってあわてて私と言い直す。

「フラットでいいですよ。槌田さんの方が年上だし。あ、これどうぞ」

 桜田が三人で摘まんでいた個別包装のお菓子の数個を差し出して来た。

「ありがとう、いただきます」と、遠慮せずに貰って、先を続ける。

「検査を見学させて貰って、本当にすごいなって。みんな見事に摘発していて」

「慣れですよ。怪しい人のパターンはあるので」

 謙遜する桜田に槌田は「だとしても、あれだけ大人数でしかも限られた時間の中でというのは」と、言葉を重ねる。

「それを言ったら警察の方が大変じゃないですか? 私たちの摘発は釣り堀の釣りだもの。でも、警察の職務質問なんて海釣りっていうのか」

 鈴木の言わんとしたことはなんとなく理解出来た。限られた場所の中で何かを隠し持っている人を捜すのと、町中で犯罪に関わっていそうな人を捜すのは、重なっている部分こそあるが、やはり異なる。

「でも確実に見つけていて、やっぱりすごいよ」

「それが仕事ですから」

 あっさりと鈴木が肯定する。

「でもねー、悪影響もあるんですよ。これは警察も一緒だと思うんですけれど」

 森本が話し出す。

「人が嘘吐いてるのが分かるようになっちゃって」

「それー!」

 桜田が森本に人差し指を突きつけて同意する。

「私、絶賛彼氏募集中で合コンとか積極的に行っているんですけれど、嘘見抜けちゃうからなかなか彼氏が出来なくて」

「合コンなんだもの、ちょっと自分を良く見せようとして嘘くらい吐くでしょ。そんなこと言ってたらいつまで経っても彼氏なんて出来ないよ」

 窘めているということは、森本には交際相手がいるのだろう。

「そうなんだけれど。そうなんだけれどね、なんか追い詰められてぽろっと出ちゃったみたいなのならいいんだけれど、そういうんじゃなくて」

「偽物のロレックス着けてるとか?」

 割って入った鈴木に「それ、そういうの!」と、嬉しそうに同意した。

「合コンの参加者で男性でも女性でも、二人以上高級ブランドのコピー商品を身に着けていたら、その合コンは外れって思っちゃうんですよね」

 鼻に皺を寄せて桜田が言った。

 彼女たちからしたら、平然とコピー商品を身に着ける意識の低さは我慢ならないのだろう。そのとき、くすっと鈴木が笑った。槌田の視線に気づいた鈴木は「ちょっと思い出したことがあって」と、前置きしてから先を続けた。

 二年前、鈴木が高校時代の友人の仕切りによる男女五名ずつの合コンに参加したときの話だった。主催した信用金庫勤務の友人以外の参加者は誰一人しらない中、鈴木はやたらと羽振りの良さを主張してくるIT企業勤務の男性に注目していた。男性としてではない。腕にしているフランクミュラーの時計が気になったのだ。コピー商品ではないかと思ったが、遠目ではさすがに分からない。うまく話を持っていき、腕時計を外させて手に取って見たいと画策するものの、友人の同僚の女性二人が鈴木とは違う意味で男性に注目していて、なかなか思うようにいかない。だがチャンスが訪れた。二人は気に入られようと男を持ち上げ始めたのだ。腕時計が話題になるのにはそう時間が掛からなかった。気を良くした男が腕時計を外して二人に差し出す。鈴木は時計を返すときを狙って「私もいいですか?」と声を掛けた。鷹揚な男の承諾を横目に、鈴木は手にした腕時計に集中する。重さ、黒革に白い糸の入ったベルトの縫製、文字盤の裏と、正規品との違いが出る場所を観察するが、ぱっと見で分かるほどの差はない。裏蓋を外して内部まで見るか、あるいは正規品と見比べればコピー商品かどうか分かるかもしれない。だがさすがにそこまでこの場では出来ない。

 男の尊大な態度への嫌悪感からそう見えてしまったのかもと、少し反省しつつ腕時計を返そうとしたそのとき、鈴木とはまったく初対面の松下(まつした)という女性が「私もよろしいですか?」と声を掛けた。

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日明 恩(たちもり・めぐみ)

神奈川県生まれ。日本女子大学卒業。2002年『それでも、警官は微笑う』で第25回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著書に『そして、警官は奔る』『埋み火  Fire’s Out』『ギフト』『ロード&ゴー』『優しい水』『ゆえに、警官は見護る』など。

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